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D2C特化VCはこうして産まれた 異例すぎる中代表の履歴書


前回に引き続きピアラベンチャーズ 代表取締役 中さんに、D2Cに特化したVC設立までの経緯についてお伺いしました。

DX・攻めのITイメージとして注目を集めるD2C。感性も重要な競合優位性であるD2Cビジネスは、評価する側にも感性が必要です。

中さんの感性はどのように磨かれてきたのか。いわゆるいい大学・いい会社・昇進という出世ルートとは違う、中さんの破天荒な成長ストーリーをお楽しみください。 (REBUILDERS編集部)
 

 

同年代とまったくちがう20代

 
20代の頃、将来VCの社長になるなんてイメージなかったですし、こうなりたいという目標もありませんでした。これだ!と思うことに飛びつく。ただそれだけでした。
 

29歳まで会社勤めの経験なし

高校時代はあまり勉強してませんでした。ただ、本だけは無茶苦茶読んでました。フロイト心理学の本、SFの本、自分が興味ある本だけをたくさん読んでいたという感じです。

高校を卒業してから24歳までは、夜のお店で働いたり働かない時期もあったりと一般的な尺度ではヤバメの若者という状況でした。

紆余曲折ありましたが、あまりまともな会社員という生活は送っておらず起業というと大げさですが、自由な生活様式でお金を稼ぎたいという発想で小さな会社をやってたりしました。

物販の業態では雑誌に広告を出して販売したり、当時ECサイトの構築は非常にハードルの高いものだったのですが、雑誌広告に出すための素材で商品写真はあったので、お店のウェブサイトを作って商品を掲載して問い合わせは電話やメールで頂くというようなことをしていました。EC機能は無いけどウェブサイトにカタログ機能があるようなイメージです。ホームページビルダーで自分でサイトを作って、Yahoo!にディレクトリ登録するという、今では考えられないお作法でしたね。(笑)

その後は飲食関係の事業をやっていたのですが、タイミング的にちょうどリーマンショックが起きてしまって、飲食の業態は閉じざるを得ない状況となってしまいました。20代の経営経験も浅い中では結構なお金が日々溶けていくので、かなり精神的にも追い込まれました。

ですが、もともとかなり楽天的な性格なので、全て精算して手元に残る金額を計算してみると、20代の若者が色々経験した結果借金もなく、ある程度残る金額としては悪くないんじゃないかという金額感だったので、事業を精算してオーストラリアにワーホリに行くという結構自由な決断をしました。

ウェブサイトを自分で作ったりということをしていたので、ある程度ネット業界への興味も強く、オーストラリアではサーフィンをしない時間はほぼネットサーフィンしていたような状態でした。
 

アフィリエイト広告の可能性に驚く

ネットサーフィン中「ウェブクルー」という日本のWEBサービスを見つけ、驚きました。引っ越し屋さん・保険会社などの企業数十社から一括で見積もりを取ることができるというサービスなのですが、その収益モデルが当時自分にとっては画期的だったんです。

アフィリエイター経由でユーザーから見積もりが来たらアフィリエイターに500円支払い、その見積もりを1000円で各社に売るというビジネスモデルだったんです。(アフィリエイト以外のチャネルで獲得した見積もりももちろんあります。) 500円で仕入れたモノを1000円で各社に販売するということ自体すごいのですが、このビジネスモデルに対し誰からも文句が出ないということ自体驚きで、この仕組みを考えた人は天才だと思いました。

アフィリエイトなどWEB広告の世界にはこういったビジネスがゴロゴロしてるのではないかと興味を持ち、応募したのが株式会社インタースペースでした。
 

一気に駆け上がる30代

 
スペック的にはちゃんとした企業で働いたことがない30歳の業界未経験者でしたが、中途入社することができました。インタースペースは当時すでに上場して数年立っていまいたが、ベンチャー気質が強くチャレンジ採用を重視している会社だったので運よくチャレンジ枠にフィットしたのかなと自分では思っています。(笑)
 

3年目、タイの子会社立ち上げ責任者に

仕事は広告代理店向けのアフィリエイトASPの営業です。のちにジョインするピアラも担当先の一社でした。

アフィリエイトのASPというと、成果報酬で広告を請け負って配信先に流し込むだけというような印象があるかもしれません。表面的には実際にそうなのですが、配信先の獲得に競合性が高いため、広告主が行っている事業やマーケティング施策の内容を理解したり、媒体社が獲得のために行っていることに関する理解のようなものは深めていかないといい仕事ができないので、ASPという業態のおかげで色々と勉強になる機会に恵まれました。

もちろん若者の多いネット業界の営業現場なので、勤勉に学びながらではあるものの、時には取引先との仕事の仕方も今思えばよくお叱りを受けなかったなというシーンは多かったと思います(笑)。

こういうのはなかなかこういった場ではつぶさにお話できないのですが、色々と紆余曲折あって、インタースペースが東南アジアに進出するタイミングで、タイ支社を任せていただくことになりました。
 

タイでゼロイチの新規事業立ち上げを経験

インタースペースのタイ子会社の責任者ですが、やることは変わらずアフィリエイト事業でした。日本のビジネスモデルをそのままタイで展開するという内容ですが、本当にゼロからなので、日本の環境は楽できていたなと感じることが多かったです。

タイ語はほぼできませんでした。あとはビジネスレベルではない英語でがんばってなんとかゼロから立ち上げるという、ハードミッションでした。

日本と環境がちがうのは私学のTOP校を卒業しているタイ人ならば大体日常会話レベル以上の英語ができるという状況だったため、英語が話せればなんとかなりました。また、タイ人の英語はネイティブではなくワーッ!とまくしたててくるようなレベルではなかったので、つたない英語でも通じたのが幸いでした。ホワイトボードにはかなり助けられましたが(笑)。

商談の場では、私を交えた英語のコミュニケーションと、私を無視したタイ語でのコミュニケーションをうまく併用しながら進めるスタイルがメインでした。

タイ人の営業からしたら、僕がタイ語ができないからこそできるクライアントとの期待値調整の会話みたいなものもあったと思うのでそれはそれで良かったのかなと思います。

アフィリエイトは、東南アジアではあまり普及しておらず、タイに限っては競合他社も存在していない状態でした。チームメンバーにもアフィリエイト経験者はゼロ。クライアントからは「何それ。やる意味あるの?ウチはGoogleやってるから大丈夫」という状況でした。日本ではリスティングをやってたらアフィリエイトも当たり前にやるという時代だったので、市場環境は全く違いました。

ですが意外にも、アフィリエイターはいました。アメリカのAmazonに登録して英語でコンテンツを作っているアフィリエイターがいて、タイに案件があるならタイ語でできるし、タイには強いアフィリエイターはいないからやりたいということでやってみたところ…結構コンバージョンが取れ、予想に反した好展開でした。
 

 
そういった状況でも成果報酬なので売上が立つまでのリードタイムは長く、苦戦した時期は続きました。大手流通のECサイトなどみんなが知っているクライアントが稼働したことで新規の広告主に対する信頼性が高まり、導入してくれるクライアントも増えてきました。

ECからさらに、クレジットカードのアフィリエイトも手掛けようと金融機関に営業をかけていきましたが、なかなか契約してくれませんでした。人件費が安い国では、デジタルよりも人海戦術の方が効率がいいからです。

たとえばアルバイトを3人雇い、大きなショッピングセンターでカード入会案内などすることで土日だと最大1日2000件獲得でき、かかる人件費はだいたい2万円。デジタル広告1クリック以下の値段で1契約取れてしまいます (6-7年前の状況なので今は違うかもしれません)。日本のようにメガバンクと地銀という構造ではないため、どの銀行も全国各所に支店があり、そのシェアが違うという構造なので、銀行に来たお客さんにカードの案内をすればよいので、金融機関にとってアフィリエイトをやるメリットがありませんでした。

ところが、外資は少し状況が違っていてタイ国内に店舗網が無く都心に1店舗ぽつんとある状態でした。タイの場合、割と大手でもテレアポで話を聞いてくれる文化があるので、セールスの社員と一緒にアポに行き、受注までは割とすんなり進もました。その後タグが入らないという、タイのあるあるで配信までは時間がかかりましたが。カードの申し込みコンバージョンも驚くほど取れ、この成功事例を横展開する形で金融機関のクライアント拡大もそれをきっかけに広げていくことができました。

東南アジアでは近隣の複数国で展開しているクライアントも大手では多いので、どこかの国で成功事例が出ると各国で配信してくれるというような恩恵もあり、ドミナント戦略って実際に効くものだなと感じました。

3年半ほど経ったところで退職。縁あって、アドネットワークとDSPを自社開発していたマーベリック株式会社に転職することになりました。
 

テクノロジーの真髄を理解する濃厚な3年間

マーベリックでは、アドネットワーク開発の立ち上げ責任者を任されていました。いわゆるプロジェクトオーナー的な立ち位置で期待している機能をまとめ、どういう技術でどう作っていくかはテックリーダー以下エンジニア陣にお任せしていました。

アフィリエイトは数字を計測して画面に出すくらいの技術でしたが、アドネットワークは配信ロジック、DSPはターゲティングが絡んでくるため、使っている技術がそれぞれ異なり非常に面白かったです。

さらに技術に対する理解が高く、エンジニアにとってはとてもいい現場だったと思います。アドネットワークを作る時も、はじめはありもののDSPの機能を転用して作っていたのですがオークションの仕組みが全く違うことから運用にかなり無理があったため、ゼロから作ることになり、技術の選定はエンジニアに自由にお任せでした。

また、DSPを自社で開発するということは、相当技術力が高いエンジニアがいるということで、非常に勉強になりました。

その後メンバーの活躍のおかげで、入社3年目にはアドネットワーク事業を年商20億円規模にまで成長させることができました。ですが、個人的に企業への投資に興味が出てきていたところに、縁あってピアラの飛鳥社長から「ウチでやんなよ」とお誘いいただき移籍。ピアラベンチャーズを立ち上げるに至った、というのが現在に至るまでの経緯です。
 

感性の基礎は20代に磨かれていた

 
ーーここまでお話ありがとうございました。中さんの類まれなバイタリティを感じるストーリーでした。一点、24歳以降一気に駆け上がることができたのはなぜなのでしょうか。振り返ってみて、24歳以前の経験が活きていたと感じる点はありますか?
 

飲食店の経験は活きているなと思います。飲食って、お客さんの反応がリアルタイムで返ってくる場なので、やったことある人ない人で”人に相対する時の感度”が違ってくると思っています。新卒の研修の時、飲食店でバイトしたことあるかないか聞いたりしていました。

たとえばバイトしたことある人は、初日ホールに立った時の緊張感って覚えているはずなんです。なぜかというと、店長が作ったウーロンハイも、バイトが作ったウーロンハイも、同じ金額でお客さんに出さなければいけないプレッシャーを感じるから。

この経験をしている人は、たとえば商談に行ったときの緊張感が違ってきます。新卒だから先輩が話すのが当たり前、という感覚はありません。新卒であっても、支払われる対価に見合ったクオリティを返さなければいけないという感覚が根っこにあり、いい意味で人に対する甘えがない。バランス感覚が高くなります。

コミュニケーション力はキャバクラで鍛えられました。会社に入ると、コミュニケーションではなくインフォメーションになっている人が多いなと感じます。特に若手のビジネスマンによくある傾向ですが「言ってることは事実だけど、言い方がな…」というパターンです。

人の想いや感情に対して伝えていくということがとても重要で、広告・マーケティングの基本でもあります。インフォメーションは人を動かさないということは、夜の仕事を通じて感覚に染み込んでいる部分ですね。

あと、言い方を考える上で必要なのは語彙力ですが、これは学生時代にたくさん本を読んでいたことが良かったのかなと思います。みんなと同じことをするのは好きではなかったので、とにかく自分が興味のある本だけを読み続けていました。義務感で読んでいないので、量を読みこなせていたのかなと思います。
 

ーーなるほど。中さんのバイタリティの根源はコミュニケーション力なのかもしれませんね。また、本当の意味でのコミュニケーション力とは義務教育で身につけられるものではないのかもしれないと改めて感じられるお話でした。ありがとうございました!
 


 
中さんのコミュニケーション力がわかる動画はこちら

 

 
■ 会社概要 ■
会社名 : 株式会社ピアラベンチャーズ
代表者 : 代表取締役社長 :中 有哉
      取  締  役 :飛鳥 貴雄
      取  締  役 :下川 剛司
所在地 :東京都渋谷区恵比寿4-20-3 恵比寿ガーデンプレイスタワー 13F
創業  :2020年11月
URL  : https://piala.vc/
 
■ プロフィール ■
中 有哉 (なか ゆうや)
ピアラベンチャーズ 代表取締役CEO
一括見積のビジネスモデルに可能性を感じたことをきっかけに、アフィリエイト広告領域でのビジネス機会を求めて2010年に株式会社インタースペースに入社。web専業代理店向けのアフィリエイト広告販売業務に3年携わり幅広いジャンルの広告を取り扱う。
4年目に同社タイ進出時の現地法人代表として立ち上げから事業を率い、広告事業の実務のみならずシステム開発や管理業務等、経営全般を経験。
2017年にマーベリック株式会社に入社し事業統括としてアドネットワークの立ち上げを牽引。
2020年株式会社ピアラに投資・M&A・アライアンス担当としてジョイン。11月に設立した同社子会社、株式会社ピアラベンチャーズの代表取締役に就任。今後代表パートナーとしてピアラグループのアセットを活用した投資先支援により新しい形でのハンズオン投資を行っていく。
 

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