DXナレッジ

稲盛さんに学ぶ、DX時代のTOPの在り方。

 
先日亡くなられた稲盛 和夫さん。

京セラ・KDDIをゼロから創り、78歳で赤字続きだった日本航空の再建を引き受けたった3年で再上場させた「経営の神様」と呼ばれた人です。

昭和・平成の経営者ですが、実はその考え方・生き方はまさに今、DXのこの時代におけるTOPに求められている在り方そのものでした。

ポイントを整理してお話します。
 

フラットな組織を作れるのは慢心を捨てたTOPだけ。

DXとは、トップとボトムがフラットに連携しあう企業体を目指すことです。

トップから下りてきた企画を、ユーザーと対峙するボトムが思考錯誤し改良しトップに戻す。戻ってきた企画を市場の声と真摯に受け止め、さらにブラッシュアップしてボトムに下ろすというループを繰り返すことで「市場変化に対応できる組織」を作り上げていくことです。(ご参考「「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件② ~ データサイエンティスト不足は言いわけかも ~」)

重要なのは、トップとボトムという構造はありながらも、関係性に上下を作らないこと。

上下関係があると「ボトムはトップの指示を遂行する役割」という従来の企業スタンスから脱却できず、トップ⇋ボトムのループが始まりません。

そしてこの、上下関係を生む源流になってしまうのがTOPの慢心です。

稲盛さんが徹底していたのはまさに、自身と周囲の慢心を抑えることでした。
 

慢心と戦い続けた稲盛さん

稲盛さんが、京セラの代表を勤めていらしゃった時のお話です。

ある役員が定時で帰ろうとした時、社用車が出払っており帰宅できないという事態が起きました。総務担当者が、忙しくて車を必要としていた営業部長に回してしまっていたのです。役員は「営業部長ごときが会社の車を使うとは何事だ!」と激怒。その役員を稲盛さんはこうたしなめます。

役員で偉いから車が使えるわけではない。重要な仕事に携わっている人間には移動手段をどうしようかなどと雑事に気を遣わず、仕事に集中してもらうために社用車を用意してあるのだ。よく考えてくれ。定時で帰る役員に、忙しく走り回っている部長を怒鳴る資格があるのか?

生き方 人間として一番大切なこと 出版:サンマーク出版 著者:稲盛和夫

さらにこの話には続きがあります。稲盛さんのご自宅まで社用車が迎えに来た時のこと。同じタイミングで用事があった奥さんに稲盛さんが、途中まで乗っていけと声をかけたところ、奥さんから「それはできません。以前、あなた自身がおっしゃいましたよ。公私のけじめは厳しく付けろって。ですから私は歩いていきます。」と言われたことを、稲盛さんは、気づかぬうちに自身の慢心が育っていたと自戒しています。
 

個の慢心が社会を崩している

この「慢心」については、自著「生き方」の中で重点的に述べられています。

稲盛さんも聖人君子などではなく、周囲から賞賛され、会合では上座を勧められ、スピーチを求められるのが当たり前になり、いつの間にか「これくらい扱われて当然だ」という慢心が心の隅に顔を出している自分がいたそうです。

また、人の上に立ち、他の手本となるべきリーダーに「謙虚さを失っている人」が増えてきていることにも警鐘を鳴らしています。伝統ある大手による組織の規範や倫理のタガが緩んでしまったかのような不祥事の続発、血税で私腹を肥やす官僚。日本社会を崩しているのは、TOPやリーダーの慢心だと稲盛さんは話します。

リーダーに求められるのは、才より徳。

ですが、現在の日本社会は、組織のリーダーを人間性よりも能力、それも試験の結果でしか表せない学業を重視して選別し人材配置を行ってきたことにも警鐘を鳴らしています。

デジタル技術がフィーチャーされがちなDXですが、最重要はTOP・リーダーの慢心をどう解消していくのか、徳のある人間をリーダーに据える流れを作れるのかにかかっているのではないでしょうか。

余談ですが、稲盛さんは接待を有楽町の吉野家で済ませていたというウソのような逸話があります。並盛を一杯ずつ頼み、牛皿をゲストと分け合って食べ終了。質素を貫き慢心を抑える稲盛哲学の徹底ぶりを感じさせるエピソードです。
 

ロジック主義の壁を壊せるのもTOPだけ。

サービスやプロダクトを「完璧に作りこんでからリリース」するのではなく「インスピレーションをさっと形にし、手早くリリースし市場の反応を見て改善していく」ビジネスモデルに転換することもDXです。

これまで私たちは、新しいサービスやプロダクトを「会議に会議を重ね、市場調査を重ね、数年かけてリリース」というスタイルを取ってきました。DXの時代になり、このスピード感ではもう戦えなくなってきます。

また「会議に会議を重ねる」中で、最初のインスピレーションの角がどんどん落とされ、リリースするときには平凡なモノになってしまうという事象を私たちは繰り返してきました。リリースできるならまだしも、途中で頓挫してしまうことも多かったのではないでしょうか。

稲盛さんはこのインスピレーションがしぼんでしまう事象を、会議メンバーを一新することで乗り越えています。
 

難関大学卒よりおっちょこちょいを相談相手にする

稲盛さんは新しいアイディアを思いつくと「こういうことをひらめいたがどうだろう」と、幹部を集めて意見を聞いていたそうです。

ですが幹部が難関大学を出た優秀な人ほど、反応は冷ややか。そのアイディアがどれだけ現実離れした無謀なものであるかをことこまかに説明してくる傾向があったそうです。

そこで稲盛さん、相談相手を一新。

頭はいいけど悲観的な方向に発揮されるタイプよりも、少しばかりおっちょこちょいでも「いいですね!やりましょう!」と無邪気に喜んでくれるタイプを集めて話すようにしたそうです。

①構想段階は、楽観的に
②構想を具体的に計画に移す段階は、悲観的に、あらゆるリスクを想定して
③実行段階は、ふたたび楽観的に戻って思い切って行動

という順番が理想であると、稲盛さんはおっしゃっています。

重要なのは、稲盛さんほどの方でも、高学歴のロジック責めに思うところがあったこと。またそこをロジックで対抗するのではなく、悲観的な高学歴を除外する道を選んだことです。

数年前に話題になった「天才を殺す凡人」という本にも書かれていますが、天才のインスピレーションを疎ましく思う秀才が、ロジックで天才を貶めてしまうという話があります。

インスピレーションを唱える人を天才ともてはやすことにも疑問はありますが「思い付きでモノを言うな」という考え方はたしかに一般化しています。

ですがDXとは、机上の空論をこねくり回し、結果ユーザーに喜びを与えないモノを量産してしまう社会からの脱却でもあります。それならば、不完全でも早めに市場にリリースし、ユーザーの反応を見ながら改善していく。つまり、ユーザーと一緒に作っていく道です。

ロジック偏重で会議を引き延ばす人たちとDXの相性はすこぶる悪いと言わざるを得ません。

また、稲盛さんは、学歴社会ひいては知識偏重の時代の危険性についてこうもおっしゃっています。

情報社会となり知識偏重の時代となって、「知っていればできる」と思う人も増えてきたようですが、それは大きな間違いです。「できる」と「知っている」の間には、深くて大きな溝がある。それを埋めてくれるのが、現場での経験なのです。

生き方 人間として一番大切なこと 出版:サンマーク出版 著者:稲盛和夫

「できる」人の話を、「知っている」人がさえぎってしまっているとも言えるのではないでしょうか。

こうした人員配置の問題もTOPにしか解決できないことであり、DXのスピード感を確保するためには重要なことです。
 

想いを先行させることができるのもTOPだけ。

DXがデジタル化で終わってしまう一つの要因が「ミッションがないこと」です。

社内異動と社外採用によって専任チームを創る「独立型」と、各部門から代表者を集めて創る「組織横断型」、情シス配下にチームを創る「情「DXは企業の変革・デジタル化ではない」とよく言われますが、これは、もっとかみ砕いて言うと

DXは企業の業務内容・ビジネスモデル・価値観などすべてが今までとはまったく違うモノに変わってしまうこと。デジタル化によって効率的になったぐらいではDXとは呼ばないよ。

ということです。

短期的な目線でデジタルを取り入れても効率化で終わってしまいます。今とはまったく違うものになることを目指すのであれば、遠くの理想・ミッション、つまり想いが必要です。

稲盛さんも、想いを重視していました。
 

想いを先立たせる人はマイノリティ

稲盛さんが、若き日の松下幸之助さんの講演会に参加していた時のこと。

松下さんがまだ神格化されていない頃の話で、有名な「ダム式経営」の話をされた時、会場に集まっていた中小企業の経営者から不満の声が出たそうです。

ダム式経営とは、カンタンに言うと景気がよいときこそ景気の悪いときに備えてダムのように蓄えておきましょうというお話です。

これを聞いた中小企業の経営者たちは「そんな余裕ないから苦しんでるんじゃないか」「どうやってダムを作るかを聴きたいんだ」と、不満をぶつけてきたそうです。

それに対し松下さんはぽつりと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやいたそうです。

会場は失望の空気。ですが、稲盛さんは重要な真理を聞いたと衝撃を受け、呆然としてしまったそうです。

また、稲盛さんが代表を務めていた京セラでは、稲盛さんは常々社員に「この会社を世界一のセラミックスメーカーにしたい」と話していたそうです。ですが、特に具体的戦略も勝算も無かったと言います。ただただ実直に想いを語り続けることで、それが社員の想いになり、ついに世界一のセラミックスメーカーになってしまいました。

実は稲盛さん、長期の経営計画などは立てたことがないそうです。今日を生きることなしに明日はやってこない。明日もわからないのに、五年先・十年先のことが果たして見通せるかと。

想いは持っている。でも経営計画には落とし込まない。その日その日を全力で走る。

ミッション経営が流行っているモノの、まだまだ「流行っているからやっているだけで、何が重要なのかわからない」という人が多いのではないでしょうか。

ですが、経営の神様と呼ばれる稲盛さん・松下さんは、想い先行型だったのです。
 

まとめ「強い日本を取り戻すDX」

稲盛さんから学ぶ、DX時代のTOPの在り方についてお話してきました。

●DXはフラットな組織の構築でもある。トップボトム構造があっても、そこに上下関係を作ってはいけない。上下関係をつくってしまうのは、TOPの慢心。
●DXはアイディアをどんどん市場に投入し、ブラッシュアップしていくビジネスモデルへの転換でもある。ロジック偏重・知識偏重でインスピレーションをつぶす組織を構築してしまうか否かもTOP次第。
●DXは遠い理想を目指すこと。周囲の現状維持バイアスに屈することなく、TOPは壮大な想いを先行させ語り続けることが重要。

今回参考にさせて頂いたのは、稲盛さんの著書「生きる」。2004年に発売されたものです。

本書には、松下幸之助さんや本田宗一郎さんの話も出てきますが、みなさん「謙虚」「想い先行」「現場主義」と稲盛さんとスタンスが共通しています。全員スーパースターであることは間違いありませんが、いま、こういったタイプの経営者が少ないのではないでしょうか。

やはりDXは、TOPの変革ありき。DXが血の通った変革になるか否かは、TOPがどこまで変われるかに懸かっていると言えるのではないでしょうか。
 

参考:
生き方 人間として一番大切なこと 著者:稲盛 和夫 出版:サンマーク出版

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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