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「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件③ ~ さよならターゲット設計 ~

 

今回は「DXって地殻変動だなあ」と感じるお話です。

前回に引き続き「ジャーニー」という概念でDX理解を深めていく記事ですが、そもそもマーケティングの考え方自体もここまで変わってしまうのだと思い知らされた部分についてお話します。

前々回記事「「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件① ~ どのくらいビジネスを変革すればいいかわかった ~
前回記事「「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件② ~ データサイエンティスト不足は言いわけかも ~

本記事では、仕事イメージをより具体的につかんでいただくため、前回の内容をさらにブレイクダウンします。従来とは異なる考え方をしなければ企画できないことがよくわかります。

UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論 日経BP 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿

DXを理解するうえで、非常にわかりやすいフレームワークである「ジャーニー」。前回まではジャーニーの作り方について、大きなポイントについて解説を交えお話ししてきました。

 

ターゲット設計の終焉?【前回のおさらいと今回の概要】

 
前回、ジャーニー企画の作り方について具体的にお話していきました。

ユーザー体験の企画を重ねていくにあたり「データサイエンティストが不足している」という情報が出回っていますが、実際データサイエンティストがいなければ進めていけないのかというとそんなことはなく、ユーザーの行動心理を読み取り、推察を重ねながら企画を立てていけば良いという部分、強調してお話ししました。

この「データサイエンティストがいないと、ユーザー体験企画を進めていくことができない」という幻想が出回っている要因になっているのが「ユーザー体験企画は難しすぎて普通の人ではできないというイメージ」です。

実はここに誤解があります。これまでの、ターゲットを設定し、ペルソナを考え、ターゲットの深層心理に基づいて企画を考えていくというやり方が難易度を上げてしまっているというのが『UXグロースモデル』の大きな主張の一つです。

あくまで本書の主張ではありますが、非常に納得できるお話です。
  

「人」ではなく「シーン」をターゲットとする

 
これまで「企画」は「ユーザーの深層心理」を起点に考えられていました。

たとえば「プレミアム缶ビール」。

プレミアム缶ビールを選ぶ人はどんな人か。おいしいビールを飲みたい人?おいしいビールなんて他にもいくらでもある。プレミアム缶ビールを選ぶ人とは「高級なビールを飲むことで、自分が高いステータスにいることを再確認したい」人だ。

では販売促進するにはどうしたらいい?「もっと高級感のある、ステータスを感じられるデザインの缶」にすればいいのでは?

という風に企画が進んでいきます。

ですが、本書ではこの考え方には矛盾と欠点があると指摘します。
 

a) 人間の行動は、状況・文脈によって変わる

どんなに「高いステータスにいると感じていたい人」でも、このあと車を運転するとなればそもそもアルコールを選ぶことはありません。家族でご飯を食べるときは、配偶者の目を気にして安いビールを選ぶかもしれません。

人の行動は深層心理だけでなく、置かれている状況や文脈に大きな影響を受けます。
 

b) 人間の行動は、モノに触発される

iPhoneが欲しいという欲求は、iPhoneを知らない人間には起きません。iPhoneを知り、その利便性を理解してはじめてiPhoneが欲しいと思うようになります。あたらしい欲求は、あたらしいモノと共に生まれるということです。

「高いステータスにいると感じていたい人」でも、「ステータスにこだわる自分を解放してくれそうな商品」が目の前にあり、それまで感じたこともなかった欲求を駆り立てられたら、一度その商品を試してみたくなるはずです。

このように不確かな深層心理をベースにすると、結局のところ根拠が薄いため「上司の勘」や「上司が仕入れた他社事例」などをベースに企画を立てることになります。またプレゼンではその企画と正当化するデータを羅列するという事態になり、企画がゆがんでいきます。

本書では、深層心理ベースの代替案として「シーン」をターゲットして企画を立てる方法を提示しています。
 

①「どんな成功を達成するための手段なのか」を特定

  
「どんな成功」というとややこしくなるのですが、つまり「どんな目的の文脈で選ばれるモノなのか」を特定することからはじめます。

まずプレミアム缶ビールを選ぶユーザーの目的は、
・仕事が終わり、寝る前に今日一日の自分のがんばりをねぎらいたい (という目的)
・仕事が終わり、オンオフを切り替えたい (という目的)

前回、前々回までの記事では「ユーザーの自己実現の達成」という言葉を使いましたが、こういった小さな目的も自己実現の達成の一つです。

この目的、非常に腑に落ちる内容ではないでしょうか。

この考え方のポイントは「モノ・サービスは目的ではなく、手段である」という部分です。

のちほど詳しくお話しますが、人は、モノ・サービスそのものを得ることを目的とせず、なにか得たい目的のためにモノ・サービスを手段として”雇用”しているのだという考え方です。
 

②「その他手段の中で選ばれる理由」を特定

・仕事が終わり、寝る前に今日一日の自分のがんばりをねぎらいたい (という目的)
・仕事が終わり、オンオフを切り替えたい (という目的)

という目的は、プレミアム缶ビールでなくても、アルコール飲料ならよさそうです。そこで競合商品と比較した際、選ばれる理由を特定していきます。

>次の日も仕事の場合は、アルコール度数低いモノを選ぶ (つまり、日本酒・ウィスキーではなくなる)
>オンオフの切り替え感を感じたいなら、炭酸がいい (つまり、ワイン系ではなくなる)
>ご褒美感がほしい (つまり、発泡酒・缶チューハイではなくなる)

統合して「次の日仕事だけど、仕事終わりでパッとオンオフが切り替えられて、ご褒美感もある飲み物」というポジショニングがプレミアム缶ビールで、この文脈に沿ったインサイトをベースに企画を考えていくという流れです。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 

目的実現のためのペインポイントを特定し、解消手段を考えていく

ここまでまとめると、ユーザー体験の企画を考えていく公式は

①ユーザーの目的を実現する上で感じるペインポイント (不自由さ・違和感) を特定
②そのペインポイントはなぜ発生するのかを特定し、解消する企画を考える

という流れです。

ターゲット設計・ペルソナ設計から出発していない「どんな人にも当てはまる、わかりやすいフレームワーク」です。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
あたらしいビール企画をするとして、例えば以下のような感じで企画していきます。
 

[ 目的 ]
明日も仕事だが、1日頑張った自分をねぎらいたい、リラックスモードに切り替えたい
 
[ ペインポイント一例 ]
ビール350mlは酔ってしまい明日に支障が出るので避けたい
 
[ 現状の解消手段 ]
解消手段A 135mビール 満足感がない・入手しづらい
解消手段B ハイボールを薄めて オフに一発で切り替わらない
解消手段C ノンアルビール おいしくない
 
[ あたらしい解消手段企画 ]
「ビールを飲んで酔わない状態」を実現できればいいので
→アルコール度数が2.5%のビールを開発する
→ビールをジュースで割って飲む消費スタイルを提案する活動 (PRや記事づくり)

 

人ではなく、シーンを捉えて物事を考えていくと、わかりやすく、合理的に企画開発を進めていくことができます。

以前紹介させていただいた、平安保険の「平安グッドドクターアプリ」もシーンでユーザーを捉え、打ち手を企画しています。アプリ上で、ユーザーが「ガンの情報を調べていた」「医者とのオンライン診断でこんな話をしていた」というシーンを見つけ、そのユーザーのペインポイントを解消する保険商品を提案する、という流れです。

これまでのマスマーケティングの「狙ったターゲットに大量にメッセージを発信し、売れるだけ売り切ったら次」とはまったく異なる考え方が生まれはじめているということが分かります。
 

ジョブ理論の民主化

 
実はこの、ターゲットではなくシーンで考えるという方法論は『ジョブ理論』として2017年に書籍化され、提唱されている考え方です。

ジョブとは「人が特定の状況で追及する進歩」であるとして、何らかの進歩を遂げたいがジャストフィットな解決策が存在しないため困難が発生している状況を発見する、というのがジョブ理論の論点です。

とてもカンタンな言い方にすると「人はモノ・サービスそのものが目的ではなく、なんらかの目的を果たすためにモノ・サービスを『雇用』していると考える」ということです。

車道沿いのファーストフード店で、朝の時間帯にミルクシェークがやけに売れているという事象がありました。原因を突き詰めてみると、ミルクシェークを買っているのは、マイカー出勤するサラリーマン。

その道はいつも渋滞が発生し、進むのが遅くなるためドライバーは「会社につくまで暇をつぶしたい」という目的のために、ミルクシェークを雇用していたという事例です。粘り気があり一気に飲み干せないミルクシェークが目的達成に適していたというわけです。

「シーン」をターゲットとして考えるという本書の主張は、このジョブ理論をもっとカンタンに考えるための方法です。

「人」をターゲットとするこれまでのやり方を刷新するフレームワークとして広告業界でも話題になったジョブ理論ですが、理論の難しさから忘れ去られそうになっていたところ、DXの文脈でこうしてまた復活してきている。従来のビジネスの考え方に変動が起きている、一つの象徴です。
 

まとめ「物事の捉え方まで変わっていくDX

 
企画の考え方もトランスフォームしていく、というお話でした。

●どんな目的を達成するための「シーン」かを考える
●その「シーン」において、目的達成の妨げになる「ペインポイント」を考える
●「ペインポイント」を解消する企画を考えていく
●「人」ではなく「シーン」をターゲットとするこの考え方なら、誰しもがむずかしくなくユーザー体験の企画を考えていくことが出来る

DXは、こうした方法論や考え方の変革もセットになってくるというお話を「ジャーニー」というフレームワークを通してお話ししてきました。

「ターゲット設計」から始まる考え方は、長らく広告業界のデファクト・スタンダード (「事実上の標準」市場に広く採用され、いつのまにか標準化した基準のこと) でした。もちろん、マスマーケティングもまだまだ価値があり、これから先無くなってしまうということはありません。ですが、その基本スタンスすらも崩れているところに、DXの恐ろしさを感じます。

実際、最近広告業界の方の本の中で「ターゲット設計から考えるのは古い」という文言をちらほら見かけるようになりました。「要は、他と違うモノを作ることが重要であって、いかにターゲット設計が綿密でも他と同じモノを量産してしまうようでは意味がない」と。とても本質的な意見です。

このように、旧来常識とされ異を唱えることもはばかられていたような考え方が崩され、本質に向かっていくこともまた、DXという時代の特徴なのかもしれません。
 

参考:UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論 日経BP 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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