DXナレッジ

「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件① ~ どのくらいビジネスを変革すればいいのかわかった ~

 

海外のDX事例をみると、あまりに壮大すぎて「遠い国のお話」に感じてしまう。

それもまた、日本のDX推進停滞の要因かもしれません。

前回、DXの一つの到達イメージである「プラットフォーム」について書きましたが、例に挙げた平安保険の「平安グッドドクターアプリ」はあまりにもスケールが壮大すぎる… (前回記事「DX後の世界、覗いてきた。( プラットフォームってそういうことか )」)

話は理解できたけど、なにを参考に、どれをやるべきなんだ…と思っていたところ『アフターデジタル』の著者:藤井保文さんが2021年9月に執筆されていた本がありました。

UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論 日経BP 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿

こちらの本、まさに「『アフターデジタル』を通じてUXの重要性は理解したものの、何を勉強したら良いのか分からない」という読者からの反響に応え、藤井さんが急いで執筆したものでした。

プラットフォームをはじめ「DXとはなんなのか」の解像度がグッと上がり、明日やることがわかる名著。ここではポイントと所管を踏まえ、3回に渡ってお届けします。

 

さあ「バリュージャーニー」を作ろう【本の概要】

 
前回「プラットフォームビジネスこそ、DXの真骨頂なのではないか」というお話をしました。

プラットフォームビジネスとは、ユーザーの自己実現を支援するビジネス。

これまでのビジネスはモノやサービスを売るビジネスでしたが、プラットフォームはアプリなども併用してユーザーの自己実現をサポートするサービスを提供し、その中でモノやサービスも販売していくビジネスです。

これまでは「点」のビジネスで、プラットフォームは「線」のビジネスとも言えます。下記図の一番上になります。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
本書ではこのプラットフォームビジネスを「バリュージャーニー(Value Journey)」という、著者の造語でさらにわかりやすく表現しています。アプリを基盤に、モノ、サービスなどの「点」をつなぎ、ユーザーの自己実現をサポートする「線」を創り伴走していく「ジャーニー・旅」の提供です。

NIKEの「Nike Run Club」がわかりやすい事例です。
https://www.nike.com/jp/nrc-app

このアプリは、ユーザーの運動習慣の継続を支援するモノです。走行距離や走行ペースを音声で伝えてくれたり、ランニングイベントが告知されたり、トロフィーがもらえたり、ランニングのモチベーションを高め続けてくれます。走行ルートの履歴を記録できるのですが、走行スピードの変化をヒートマップのように表現してくれる機能などもあり、かなり高機能です。

つまり「ユーザーの運動習慣の継続」というバリュージャーニーを無料提供し、シューズなどのグッズはユーザーがバリュージャーニーの対価として購入するというビジネスモデルです。NIKEはかつて上記図でいうところの一番下「メーカー」でした。ですが、時代の流れに合わせ「プラットフォーマー」にトランスフォーム(変革) したということです。

この「バリュージャーニー」をどのように考え、どのように創っていけばいいのか詳しく解説してくれているのが本書です。『UXグロースモデル』という書名ですが、つまり、バリュージャーニーを通じて「UX (ユーザー体験) を起点とし、ユーザーとサービス提供側双方がグロース (成長) していくことができるビジネスモデル」を創っていきましょうという内容です。

では、要点について解説していきます。

 

DX=どんなジャーニーを提供する企業に変革していくか

 
「モノ・サービスを点で提供していくのではなく、ユーザーの自己実現を線で伴走していくビジネスモデルへの変革」と、DXの目指すべき世界がかなりわかりやすくなりました。

ちなみに、すでにアプリを開発しユーザーに提供しているという企業も少なくありません。ですが、本書の筆者は「ちょっとちがうケースが多い」と指摘しています。

たとえば、サプリメントメーカーが「飲み忘れないよう、アラートで知らせてくれるアプリ」を開発したとします。これは、サプリメントという”点”のサービスを補助しているだけで、ジャーニーにはなっていません。

サプリメント+ストレッチ習慣を定着させるアプリ+睡眠品質の向上アプリを合わせ「アンチエイジングという自己実現」に伴走する。これなら”線”のビジネスであり、ジャーニーです。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
つまり、サプリはイチ提供価値。サプリ以外のサービス・モノをつなげて、ユーザーのどんな自己実現に伴走していくのかを考えるのが「ジャーニーを考える」ということです。

「DXとは、ビジネスモデルを抜本的に変えること」と言われますが、場合によってはサプリ事業を捨て、そもそもの企業ミッションに立ち戻ってゼロから考えるということも必要になってきます。

もう一点「エコシステム」というよく聞くDXワードも、このジャーニーの概念で明確になります。

エコシステムとは「自社だけでなく、さまざまな企業と協業するなどして創る一つの生態系」という意味。サプリの例で解釈すると「ストレッチ習慣を定着させるアプリ」はストレッチサービス企業A社が担当し、「睡眠品質の向上アプリ」は寝具メーカーB社が担当する、という風になるとエコシステムです。

つまり、一社で完結せず、さまざまな企業と協業して一つのジャーニーを作り育てていく、ということ。このジャーニーという考え方で整理すると、DXレポートに書かれていたプラットフォーム構想がなにを伝えていたのか、明確になります。
 

引用:経済産業省 DXレポート2.1
https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210831005/20210831005.html

 
それでは、実際どのように考え、創っていくのかお話します。
  

ジャーニーの作り方

 
ジャーニーは、点ではなく線のビジネスモデル。多くの企業が点のビジネスを行ってきていると思うので、その発想をいったん取り払うところからスタートします。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
とはいえ、いきなりこれまでのビジネスモデルを捨て「ユーザーの自己実現に伴走するジャーニー企業」になれと言われても、どう進めていいかわからないと思います。

そこで『UXグロースモデル』が提唱しているのが、まず「トップダウン」と「ボトムアップ」にチームを分けることです。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
トップダウンチームは、会社全体としてどんなジャーニー企業になっていくかを考えます。
ボトムアップチームは、ユーザーとの接点の中でジャーニー改善を高速で回していきます。

ポイントは、ボトムアップの改善成果を全社のジャーニーコンセプトに随時反映させていくこと。「全体を部分に合わせない」というよくある発想を崩すことです。

トップダウンは、中長期的な目線で物事を考えていく視座の高さを持っています。ですが、ユーザー理解の解像度は低いため、トップダウン主体で走ると「企業にとって都合がいいだけのジャーニー」になってしまう傾向があります。

ボトムアップは、ユーザー理解の解像度が高く短期的な目線で成果を上げていく力に長けています。ですが、中長期的な目線で物事を考えていくことができないため、ボトムアップ主体で走ると個別最適思考に陥ってしまい「企業全体のジャーニー」を崩してしまう傾向があります。

お互いがお互いを「上下」と捉えず、尊重しあい、情報交換していく。ボトムアップは会社全体のジャーニー構想を踏まえクリエイティビティを発揮していく。トップダウンはボトムアップの成果を市場変化の兆しと捉えて取り込み、全社ジャーニー構想を進化させていく。

日本の場合、伝統的に現場の権利が強く、個別最適に陥りがちです。逆に、全体最適が強すぎる会社が存在したりしますが、「トップかボトムか」という話ではなくトップもボトムもバランスを取って取り組んでいく組織を創っていくこと。それもまた、ジャーニー・DXの命題です。
 

全体最適を図るトップダウンチーム

トップダウンチームは、企業が中長期的に実現したいジャーニーを構想することです。

①ジャーニー全体構想の設計
②ジャーニーを実現する新サービスの開発 (新組織の立ち上げ)
③新サービスを軌道に乗せる

 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
①ジャーニー全体構想の設計

a) ジャーニーコンセプトを一言化

どんなジャーニーかを一言で言い表します。さきほどのサプリの例で言えば

「点」のビジネスの一言化 >「 不足しがちな栄養素をサプリで補給」
「線」のジャーニービジネスの一言化 >「アンチエイジング活動を定着化」

この一言化、メリットではなく、ベネフィットを考える思考法に切り替えると思いつきやすくなります。

サプリのメリットは「栄養素をカンタンに補える」ですが、栄養素をカンタンに補えることで得られるベネフィットがたくさんあります。

「(栄養素をカンタンに補えるから) アンチエイジングが実現できる」であったり、「(栄養素をカンタンに補えるから) デスクワーカーの生産性を劇的に向上できる」であったり。

ここで重要なのが「複数案を考えること」です。また、複数案を考えるために重要なのが「それは言いすぎでしょ」とブレーキをかけないことです。

サプリの例でいうと「サプリだけでアンチエイジングは無理、言いすぎでしょ」となりがちですが、サプリ以外にどんな要素があれば可能かを考えていくのがこの「ジャーニーコンセプト設計」です。

ベネフィットを考えるというのは広告の世界では定石ですが「お茶だけで脂肪が落ちると言ってしまうのは薬事法違反だ」となってしまい、考える幅が限られていました。

ジャーニーはさまざまな”点”をかけ合わせて、ユーザーの自己実現を達成する”線”を作るという施策なので、可能かどうかは後で考えればOK。サプリから発想を始めなくてもOK、ということです。
 

b) ジャーニーの構成設計

ジャーニーコンセプトワード案が複数出てきたら、そのコンセプトを実現するために他にどんな要素があればいいかを考えます。

アンチエイジングであれば、サプリ以外に
●ストレッチを習慣化させるアプリ
●睡眠の質を向上させるアプリ
があればアンチエイジング活動を定着化させられる、とか。

自社だけでなく他社のサービスも活用できないか考え、実現可能性やビジネスとして成立するかなどを検討。徐々に案を絞っていき、一つに決定します。
 

②ジャーニーを実現する新サービスの開発 (新組織の立ち上げ)

ジャーニーコンセプトが決まり、そのために必要な新サービスも決まりました。次に、重要度が高い順に新サービス開発に着手します。

この時、トップダウンチームの仕事は「既存組織とうまく連携を取ること」です。トップダウンチームがメインで活動していくのですが、当然既存組織の協力も必要になります。既存組織も短期的なビジネス成果責任を追って動いているため、協力の仰ぎ方次第で炎上します。

「我々社長直下チームの依頼は会社の仕事。協力するのは義務だ。」と呼びかけてしまうとケンカになり、崩壊してしまいます。実際そういった状況を何度も目撃しています。かなり重要な任務です。

また、外部企業と連携を取る際も「自分たちがプラットフォーマーで、御社は下」ということではなく、フラットなパートナーとしてコミュニケーションを構築することが重要です。

社内・社外ともに「上下関係を撤廃していくこと」がジャーニー・DXの本質の一つでもあります。
 

③新サービスを軌道に乗せる

新サービスをリリースしても「想定していたターゲットに利用してもらえない」「初回で離脱される」「すぐ飽きられてしまう」などの課題が必ず発生します。それらを観察・分析し、改善していきます。

新サービスが軌道に乗ったらボトムアップチームに託し、次の新規開発に移ります。
  

ジャーニーを刷新していくボトムアップチーム

トップダウンチームが軌道に乗せた新サービスを運営し、高速改善させていきます。その活動の中で見えてきた「もっとユーザーの自己実現に貢献できる兆し」をトップダウンチームと連携し、全体ジャーニーの刷新に貢献します。

①サービスの継続的な改善
②ジャーニーコンセプト刷新への貢献

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
①サービスの継続的な改善

サービスの利用率が上がってきていても、実は「こちらが提供したい価値が伝わっていない」ということがあります。「画面が使いにくいことによって機能が適切に使われていない状況」などです。このような状態を解消していきます。

また、あたらしい機能を追加してみるなどもボトムアップチームの役割です。アプリの利用率を高めたいということなら、一日一回ユーザーに有益な知識が得られるクイズを配信する機能を考えるなど、やれることはたくさんあります。ボトムアップチームも、ジャーニーコンセプトを踏まえた中で自由にクリエイティビティを発揮して活動していきます。
 

②ジャーニーコンセプト刷新への貢献

自由にクリエイティビティを発揮し活動することで、当初見えてなかったユーザーのインサイトを発見することがあります。

たとえば当初「アンチエイジング活動の定着」がジャーニーテーマだったのに、ユーザーのジャーニー内での動向データを観察していると「男性ユーザーのほうが多く、男性ユーザーは活発にブログなどを見てる」「若い世代に頼られ続ける60代・70代のインタビュー記事が大きな反響を得ていた」という結果が出てきたとします。

そうした情報をトップダウンチームと連携し話し合い、全体のジャーニーコンセプトを「ずっと頼られ続ける中高年の実現」に刷新する、という流れです。

この「トップとボトムの連携を柔軟に取ること」こそジャーニー・DXの重要なポイントです。DX時代のデジタルエンタープライズとは、ユーザーの生々しい感覚を理解し、ビジネスモデルを刷新していくことができる企業体のことです。

『UXグロースモデル』ではこのことを、映画と俳優の関係性にたとえています。俳優の光る演技やアドリブが起点となり、途中で映画のコンセプトそのものを刷新する、という流れです。世界で評価される映画監督は、俳優のセリフを決めこまずに自由に演技してもらい、撮影現場で考え組み立てていく傾向があるという話を聞きますが、それに似ているのかもしれません。
 

まとめ「ユーザー起点になりきれていない世の中」

 
以上、ジャーニーの作り方の大枠でした。

●プラットフォームとは「ユーザーの自己実現に伴走するジャーニー」を提供するモノ
●ジャーニーとは、点のビジネスではなく、点と点をつないで作る線のビジネス
●トップダウンとボトムダウン、それぞれが自由にクリエイティビティを発揮することでユーザーもジャーニーも(企業も)、永続的に進化していく世界こそDX

ジャーニーの話は、DXを解像度高く理解する上で有用な要素が多いため、次回・次々回もジャーニーのお話をしたいと思います。

ここまでの話で得られる気づきは「旧来の売り切りモデルがいかに企業目線だったか」という話です。たしかにサプリ一つで自己実現はむずかしいのに、自己実現イメージをおおげさに広告で広め、購入させたらあとは知らんぷりというのがこれまでのビジネスでした。

サプリを継続するしないはユーザーの努力だから、そこまでケアしていたらユーザーのわがままを増長するばかりだと思われるかもしれません。ですが、そもそもモノもサービスも多すぎるのです。この増えすぎたモノ・サービスを整理整頓し、まとめて、価値を創っていく編集作業がジャーニーであり、DXなのではないかとも考えられます。

この話、ご興味頂けたらぜひ『UXグロースモデル』をご購入ください。より細部までくわしく書かれているDXの教科書です。

 

参考:UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論 日経BP 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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