DXナレッジ

DXレポートに書かれていない、DX推進に必要な「●●設定力」

 

①DX推進を丸投げする社長

②手探りで一生懸命調べ、まとめ、提案する推進メンバー

③即却下する社長

「基本丸投げするくせに失敗は恐れる社長のせいで、日本のDXが進まない」というのがよくある論調ですが…

実は、日本のDXが失敗する要因は ②推進メンバーの「課題設定力」不足によって提案段階で止まってしまっているせいかもしれない、という実話を踏まえたお話です。

 

同じ結論なのに…明暗をわけてしまう「課題設定力」

 

つい先日、某企業でのお話。
DX推進にあたり、パートナーとなるベンダーの選定をしていた際のことです。

社内のDX推進メンバーが、社長から「どのベンダーを選ぶべきか」調査を依頼されたそうです。数か月かけて調査し、A社が良いという結論をまとめたレポートを提出するも…却下。却下された理由もわからず現場は混乱します。

ピンチヒッターとして某ベンダー企業のPMが抜擢され、再調査。1か月半後、PMが出したレポートの結論はDX推進メンバーと同じく、A社でした。

しかし、PMのレポートは無事承認を得ることに成功。

同じ結論なのに、DX推進メンバーの提案は却下され、PMの提案は承認されたという不思議な出来事がありました。

 
タイミングがよかったのか?伝え方がわるかったのか?
 

そのPMにお話を伺ったところ「課題設定力」の差であることがわかりました。

「DX推進メンバーの提案が却下された時の状況をいろいろお伺いした結果、社長が求めていたのは結論だけではなく、結論と”ロジカルな説明=信頼に足る情報かどうか”だったと推測しました。信頼に足る情報でなければ、結論がどうであれ、社長はGOを出さないということなのだろうと。そこでゴールを”ロジカルな説明”と置き、DX推進メンバーの説明のどこがロジカルではなかったかを問題点として洗い出し、各問題点を解決するための情報を集めました。」

社長が求めているものは結論と、ロジカルな説明だった。くわしくは下記でお話しますが、彼はこの考え方含めレポートを「課題設定」というフレームワークを使ってまとめていたと話してくれました。

 
この「課題設定」は、もともとはコンサルタントの思考プロセスです。この思考プロセスを理解しているかしていないかで、提案が通るか通らないかが大きく変わります

ですがこの課題設定思考、実は「コンサルだけでなく、本来一般社員も持ち合わせておくべき思考法」であることが、調べていく中で明らかになりました。

近年、DX推進パートナーとしてコンサルティングファームにオーダーが殺到しているそうです。裏を返すと「一般社員の課題設定力の欠如により、意見が通らない」という悩みが増大している証拠なのではないでしょうか。

 

「課題設定力」とは何か

 

課題設定とは

「本当に求められていることは何で、そのために本当にやるべきことは何か」

を考えることです。

 
ポイントはこの「本当に求められていることは何で」の部分。実は、依頼者であるクライアントや上司ですら「自分たちが本当に求めていることは何か」はっきり自覚していないことが多く、依頼内容を額面通りに受け取り応えてしまうとすべて水の泡になってしまう傾向があります。

この「人は、自分が本当に求めていることをわかっていない」というのは、システム開発でもよく言われてきた話です。クライアントの要望をそのまま受け止めてしまい、システムが完成した時「こんなの頼んでない」となり炎上するというのは、50年以上言われているあるある話です。

引用:「顧客が本当に必要だったもの」http://www.projectcartoon.com/cartoon/586  (左上が顧客のオーダーで、最終的に右下が顧客が本当に必要としていた作るべきモノだったというシステム開発に関する風刺画。50年以上前から存在していました。)

 
この「相手の、自分自身わかっていない要望を探り当て、実現する手立てを考えていく」フレームワークとノウハウのことを「課題設定力」と言います。

このやり方を知らないことこそ、「一生懸命やったのに成果が出ず評価されない」というよく起きる現象の主な原因です。

 

まず「問題」と「課題」はちがう

課題設定とは何か、もう少しくわしくお話します。

まず「課題」と「問題」はちがうという認識を持つことから始まります。

課題…「現状」と「あるべき姿」のギャップを埋めるためになすべきこと
問題…「現状」を「あるべき姿」にするために解消しなければならない障害

下記図を見ていただくとわかりやすくなります。

引用:「問題解決力より重要なビジネスリーダーのスキル プロの課題設定力」東洋経済新聞社 / 著者:清水久三子 (掲載図を作成し直して引用)

 

1) まず「あるべき姿」が何かをつかむ (依頼主が「本当に求めることは何か」をつかむ)
2) 「あるべき姿」と「現状」のギャップの要因になっている”問題”を洗い出す
3) 「洗い出した”問題”を解消するためにすべきこと」=「課題」 を整理する

 
この流れを「課題設定」と呼びます。
つまり1) の「あるべき姿」をどれだけ高い精度でつかめるかがカギになります。DX推進メンバーとPMの差は、まさに「あるべき姿」の仮説の精度でした。

 

「あるべき姿」が変わると、やるべきことがここまで変わる

「DX推進メンバーがまとめたレポートはしっかり情報がまとまっていました。また、結論であるベンダーA社は、誰がどうみてもA社に落ち着くよなと思われるものでした。DX推進メンバーのレポートが却下された際の社長の反応などもろもろお伺いし、総合的に見て、却下された原因は結論以外にあると考えました。」

原因を探るため、PMがDX推進メンバーのレポートを見返す中で見えてきたのは「ベンダー候補を選定した理屈がないこと」でした。

■DX推進メンバーが選定したベンダー4社
①業界で有名なベンダー 【選定理由】とりあえず候補として入れないといけないベンダー
②会議で社長の口から出ていたベンダー2社  【選定理由】話題に出たので入れたベンダー
③ベンダーA社 【選定理由】自分たちが推していたベンダー

つまり、世の中すべてのベンダーから選定されたベンダーではく「なぜその4つなの?」と聞かれてしまうと理由が話せなくなる、ロジックが破綻したレポートになっていた点が問題でした。

 
こうしてPMはあるべき姿を「ロジカルな説明=信用に足る説明」と置き、レポートを組み立てていきました。

>あるべき姿
 ロジカルな説明=信用に足る説明
>現状
 思考のプロセスが読めない、事実の羅列
>問題
 なぜロジカルではない説明になっているのか?
  ①候補となるベンダーの選定理由が曖昧だから
  ②ベンダーを比較する際の観点を選定した理由が曖昧だから
>課題
  ①なぜそのベンダーを比較検討の対象としたのか?
   解決 → シェアベスト5 など明確な理由での選定
  ②なぜ各ベンダーをその観点で比較しようと思ったのか?
   解決 → 将来に向けた拡張性・ユーザビリティ・コスト の3点で選定することを明確化

※問題、課題はほかにもありましたが、主要な部分を抜粋

「あるべき姿」の設定を間違えるとすべてズレてしまう点が、課題設定のむずかしいところだと話すPM。だからこそ、社長をよく知る部長とのすり合わせを何度も行ったそうです。

 

「課題設定」は「仕事した」とみなされるかどうかの基準

 

つまり、PMは「仕事した」とみなされるレベルの仕事をしたということでもあります。

人の評価を5段階にわけるとわかりやすく説明できます。

1 Below expectation 期待以下 / 指示したこともやってない
2 Needs Development 必要最低限 / 指示したことはやってくれた
3 Good 期待通り / 指示したことはやり、想定通りの成果
4 Very Good 期待を上回る / 指示したこと以上のことをやり、想定以上の成果
5 Outstanding 期待を大きく上回る / 指示したこと以上、想定を大きく上回る成果

「問題解決力より重要なビジネスリーダーのスキル プロの課題設定力」東洋経済新聞社 / 著者:清水久三子 (掲載例を要約して引用)

現代において「仕事した」とみなされる基準は、4以上です。
4以上が、課題設定を使うことによって、相手が本当に求めることを特定することからはじめた仕事になります。ちなみに常に5を求められるのがコンサルタントです。

 
なぜ3以下は、仕事とみなされないのか。
3以下の仕事は、アウトソーシングで出来てしまう時代だからです。クラウドソーシングサービスにロゴ制作依頼をすれば、あっという間に100案、200案と集まる時代になりました。

仕事としてみなされるのは、ロゴ制作を依頼された際に「本当に必要なのはロゴ制作なのか?」と一度疑い、違うという結論ならばその根拠と、ロゴ制作に変わる解決策を提示することになります。

今回のエピソードの社長が求めていたのはロジカルな説明だけでなく、4以上の「仕事」だったことは言うまでもありません。

 

課題設定は、もともとは経営者の仕事だった

 

この「課題設定のあるなし」が、一般社員の仕事としてみなされる基準になってきたのは今から20年以上前、90年代からです。

それ以前は、欧米というお手本を真似することが経済成長に直結していました。そのため「なにをすべきか」が明確で、トップが決めたことを一般社員がなるべく早く実行することが正義の時代でした。

つまり「3 Good」までが一般社員の仕事で、「4 Very Good」以上は経営者の仕事でした。一般社員は「考える暇があったら行動せよ」と言われていた時代です。

 
その後90年代に入り、先進国となった日本は、真似するお手本を失い「正解」がなくなってしまいます。経営者さえも「なにをすべきか」がわからなくなり、かつ組織が巨大化・競合企業も急増したことでビジネスが複雑かつスピーディーになります。

そのため、一般社員も戦況を見て都度、課題設定から考え仕事しなければ勝てない時代に急変。「3 Good」以下の仕事は仕事ではなく、作業だと言われるようになったのは90年代からです。

 
ですが、実際のところ、製造業が経済を引っ張り続けている日本は、90年代以降も「口では課題解決が重要と言いつつも、本音は言われた通りやれ」が根底の価値観として根付いていたのかもしれません。

それが証拠に、いまだ日本はジョブ型育成ではなく、ジェネラリスト型育成中心。「スキルなんか付けさせたら辞めちゃうじゃないか」と言う大手役員も健在です。

 
また、ここ数年「変化が予測不能な時代に入った」ことを「VUCA ( V=Volatility:変動性、U=Uncertainty:不確実性、C=Complexity:複雑性、A=Ambiguity:曖昧性 )」と呼びますが、予測不能な時代は90年代にはすでに到来していたわけです。

このVUCAというキーワードを受けて、社員一人ひとりが自律的に考えないといけないということが言われていますが「もっと前から課題設定から考える人が必要だったのに、最近必要だと言われ意識されはじめている」というのが実情かもしれません。それゆえに、社長と社員のハレーションが強くなっているのではないでしょうか。

 

まとめ「丸投げだと考える一般社員 vs 仕事してないと考える社長

 
今回の記事でお伝えしたかったことをまとめます。

「DX推進を丸投げしてくる社長」が問題視されていますが、実は社長からすると丸投げしているわけではなく「社員に対し、仕事とみなすレベル・課題設定までをも含めた働きを期待しているだけ」というすれ違いが起きているのではないか、ということです。

そして不幸なことに、
 
社員は、課題設定まで仕事の範囲になっていることを知らない
社長は、社員が課題設定まで仕事の範囲だと思っていないことを知らない

 

今回のエピソードが確たる証拠ですが、ほかにも、社員は「社長は言うことがコロコロ変わる」と言い、社長は「社員の視座が低い」と言う、あの状況もまさに証拠。これも課題設定という考え方・概念が、両者に明確にインストールされていないからこそ起きているすれ違いなのではないでしょうか。

 
世の中の課題は、つねにあらゆる要因が絡み合って起きています。ですが、この話はDX推進を妨げる一つの重要な盲点になっている気がしてなりません。

今回、課題設定についてはおおまかにポイントだけお話させていただきました。具体的な課題設定のやり方・考え方については、下記参照書籍をぜひお読みください。今回お話を伺ったPMがバイブルとして大切にしている本で、彼はこの本をベースに多くのプロジェクトを成功に導いています。

 

参照:「問題解決力より重要なビジネスリーダーのスキル プロの課題設定力」東洋経済新聞社 著者:清水久三子

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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