インタビュー

だから日本の「生産性」は上がらない。【 人間らしい仕事とはなにか論 vol.1 / アトラエ社・Wevoxエンゲージメント講師 平井さん 】


「日本の高度成長期は”ボーナスステージ”だったという捉え方をしないといけない。ノーアイディアでも時間と工数を圧縮することで生産性を上げていれば経済成長できた。世界でも類を見ない、普通ではない状態だったわけです。そのことに気づき、アイディアで勝負する正常な状態に戻らなければ日本に未来はありません。」(アトラエ社・Wevoxエンゲージメント講師 平井 雅史さん)

システムで自動化できる仕事を増やしていき、人間は人間らしい仕事をする。

DXの文脈でたびたび登場する「人間らしい仕事」というキーワードですが、明確な定義がありません。

人間らしい仕事とは結局なんなのか。その答えを求め、組織力向上プラットフォーム『Wevox (ウィボックス)』のエンゲージメント講師を務める平井雅史さんにお話を伺いました。

※『Wevox』求人メディアGreenでおなじみアトラエ社が手掛ける「きづきから変化を起こし続ける組織力向上プラットフォーム」。有名大手をはじめ現在約2600社に導入されている。ご参照:Wevoxプロダクトサイト

お話を伺う中で分かったのは、人間らしい仕事の欠如が、日本の生産性を著しく低下させ、エンゲージメントという概念が理解されない要因にもなっていること。

想定以上に根深いこのテーマについて前編後編に分けお送りします。

(REBUILDERS編集部) 
 

 

人間らしい仕事こそ、生産性向上唯一のカギ

― よく「DXとは人間が人間らしい仕事に集中できる環境を作ること」だとも言われています。ですが、人間らしい仕事とは何なのか、その先にどんな素晴らしい未来が待っているのかについて明確に語られていません。人間らしい仕事とはなんなのでしょうか?
 

(平井さん) 人間らしい仕事とはなにかを語る上で、まず「生産性」という言葉についてお話させてください。

「生産性」は、分母と分子に分けて考えると分かりやすくなります。分母が「資源・時間・コスト」。分子に「アウトプット」。これが生産性です。

 
生産性を上げるために、これまで重要とされていたのは「いかに分母を減らすか」でした。

具体的には、最小限の資源・人件費・時間の中でいかにアウトプットを出すか。

大量生産・大量消費の時代には、このように分母を減らす思考だけで生産性を上げてこられたのだと思います。

しかし、コモディティ化していると言われている現代では、似たような商品を「安く早く大量に」生み出すことで生産性を上げる考え方から、いち早く脱却する必要があります。

つまり、分子(アウトプットの質)を高め、生産性を上げていく考え方にシフトしなければならない。

では、アウトプットの質を高めるために必要なことはなにかというと、その1つがアイディアです。
 

人間らしい仕事とは、アイディアを考える仕事

人間らしい仕事とはまさにこの、アイディアを形にし、世の中に新しい価値を生み出すことです。

人の真価、つまり人の真の力はなにか?について考えてみましょう。もちろん、人には物事を正確に実施するという力もありますが、それらはもっと得意な機械やAIに置き換わっていくことがもう何年も前から言われています。

本当の人の真価とは、アイディアを考えること。そのために、想像を膨らませたり、意志を発揮したり、人と協力したりする点にあります。

最近は、AIでも絵をかいたり、音楽を作ったりできるようになってきましたが、AIそのものがアイディアを持っているわけではありません。AIは大量のデータを処理し、統計結果を出しているだけなのです。    

もう少し正確に言うと、人間が生み出すべきアイディアとは「人がワクワクするアイディア」です。AIのように、統計やロジックを用いることで、なんとなくアイディアらしいものは導き出せますが、誰も見た事がないような、新規性の高いアイディアは出せないはず。感性やインスピレーションを駆使して、理屈を越えたアイデアこそが人間にしか導き出せない価値なのです。

かつて、日本の携帯メーカーが細かな機能数や価格などで競争していた時代、iPhoneの登場で一気に市場が塗り替えられていきました。まさに、ロジックだけでは導き出せないアイディアが、既存の延長線上で横並びしていた日本企業を一掃した事例です。

日本の企業も一個人も、人間らしい仕事、つまり、アウトプットの質を高めることで生産性を上げていかなければなりません。

しかし、なかなかそうなっていかないのはなぜなのか。

それは日本という国が、アイディアを考える人を育てる社会構造になっていないからです。
 

現在の社会構造は、アイディアが不要だった高度経済成長期のまま

 
現在の日本の社会構造は「高度経済成長期」に作られたものですが、まさに、アイディアを考える必要がない、むしろアイディアが邪魔な時代でした。

高度経済成長期とは、戦後復興期を経て物質的に豊かになることが社会全体の大テーマになっていた時代のことです。

物質的豊かさを求め、日本全体が安心・低価格・高品質なモノづくりに邁進することで、1956〜1973年の17年間で経済成長率・GDPは9%という高水準に到達。続く1974〜1990年の安定成長期も経済成長率4.2%と、戦後から30年弱の間、日本は世界でも類を見ないスピードで経済成長を果たしました。
 


ですが1990年以降から現在までの平均成長率は0.9%。高度経済成長期の10分の1に落ち込んでいます。

なぜ高度経済成長期・安定成長期は、高い成長率を維持し続けていられたのか。それは、世の中のニーズがシンプルだったからです。人々の望みは「物質的に」豊かになることでした。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機など三種の神器と呼ばれる生活に必要なモノを、生産すれば生産するだけ飛ぶように売れ、低価格化・高品質化を図ればさらに売れるという時代であり、そこには突飛なアイディアは不要でした。アイディアを考えている暇があれば、より少ない時間・少ない資源で生産できるようコスト削減第一という時代だったのです。
 

アイディアを考える人を育てない学校・会社

高度経済成長期に働き手に求められていたのは、規則正しくマニュアル通りモノを作ること。ミスを極力減らし、なるべく少ない時間とコストで仕事を遂行することがこの時代における成長戦略であり、人は機械のように働くことが望まれていました。

そのため学校では、アイディアを考える人よりも、ミスしない人を育てる必要がありました。ミスをしない人こそが優秀であり、テストでも高得点を取れる人となります。そして良い学校・良い会社に入れる人を量産するのが学校教育の中心となりました。

就職後も、ミスなく、低コストや効率を追い求められる人だけが評価され、出世していく。

このような上司たちは、アイデアを評価された経験がないため、部下がアイディアを持ってきたとしても自分がそれを評価することも、伸ばすこともできません。

昨今は、人間の仕事がAIに奪われていくなどといった漠然とした不安も重なり、より一層、新しいアイデアや新しいツールの導入など自分の守備範囲内に関する変化を嫌う傾向すらあるのではないでしょうか。    
 

アイディアを考える人が枯れてしまう土壌

「よく聞く話だけど、そんなの昔のことじゃないの?」などと思われた方も多いかもしれませんが、現在もアイディアを受け入れない社会構造はほとんど変わっていません。

その証拠に、多くの企業は現在もコストパフォーマンスの話ばかりしています。

「そのミーティング、時間のムダじゃないですか?」
「それ、マネタイズするんですか?」
「それ、いまやる必要ありませんよね?」
「やるべきことだけ教えてください」

みなさんの職場でもこのようなセリフ、よく聞くのではないでしょうか。

まさに生産性の分母の部分、コスト・効率ばかりを追い求めている職場になっているからこそ、このような会話が飛び交う組織が増えているのです。

このような効率重視の環境では、人間が育むべきアイディアが育つことはありません。

人をワクワクさせるようなアイディアは、合理・ロジックだけでは導き出せず、感覚・センス・インスピレーションなどが非常に重要です。

しかし、感覚だけで意見を言う人は「主観的」などと見なされ、「主観でモノを言うな。時間の無駄だ。」などと一蹴されるのが関の山。

こうして多くの会社が、イノベーションの種になるようなアイディアを考える人が育たない、枯れた土壌になっているのです。

高度経済成長期によって作られた社会構造からの脱却なくして、アイディアは生まれず、日本社会全体の生産性向上はありえません。

だからこそ、高度経済成長期は”ボーナスステージ”だったと捉え直し、アイディアで勝負する状態に日本を進化させるしか私たちに未来はないのだろうと思うのです。
 
 

時間がかかることを受け入れなければ、アイディアは生まれない

 
― ここまでのお話、非常に納得です。「それ、時間の無駄」「非効率なことをするな」というセリフ、たしかに日本企業の職場に蔓延しているように感じます。ですが一方で、全員が感覚的にアイディアを述べあうことを許容すると収拾がつかなくなり時間がかかるのでは?と感じました。その点、いかがでしょうか。
 

(平井さん) 時間はかかります。しかし一方で、生産性を機械やDXなどを通じて時間を作った上で、その空いた時間は何に使うのか?ということを考える必要があるわけです。

そこでは戦略的に、時間がかかることこそ受け入れなければいけません。

生産性の分子であるアウトプットの質を高めることで生産性を上げていくには、効率重視の既存の考え方と決別しなければいけないと考えています。

たとえば、Aさん・Bさんが異なる意見を述べていた場合。

既存の効率重視の考え方では、限られた時間の中で結論を出すことを優先するため、Aさん・Bさん双方の意見を足して2で割ったどっちつかずなアイディアか、どちらかが論破して一方の意見のみを反映したアイディアのいずれかに着地するでしょう。これでは、人をワクワクさせる、イノベーティブなアイディアにたどり着くことはほとんどありません。
 

 
目指さなければならないのは、Aさん・Bさん両方の視点を包含した、もっとすごいウルトラCのアイディアのはず。AさんもBさんも個人レベルでは想定できなかったアイディアだからこそ、人をワクワクさせる新しい可能性が見出せるわけです。

イノベーションという言葉は、「新結合」という意味です。新しいものを生み出すためには別の意見を尊重しそこから新しい結合を生み出す必要があります。効率だけを考えている頭からそういう新結合はうまれるでしょうか?

もちろん、そんな都合の良いアイディアは簡単には見つからないかもしれない。しかし、例え時間がかかったとしても、そこを目指さなければ真の意味でのアイデアが生み出せる会社にはなれないと思っています。

余談ですが、相手を論破することが一種のムーブメントになっていること自体、日本が効率主義から抜け出せていない証拠だと感じています。主観で意見を述べると「寒い」「なにマジになってるの」などと思われてしまいがちなのもそう。この殺伐とした空気こそ、日本がイノベーションを起こせない根本要因ではないでしょうか。
 

トップダウンでは、小さな山しか作れない

 
― おっしゃる通りだと思います。一方、このような考え方を世の中の経営者は理解しているのかが気になりました。理解したうえで、既存のビジネス構造を変えないようにしているのでしょうか?
 

(平井さん) 経営者の方の考えにもよるとは思いますが、依然として、社員が指示通りに働くことをよしとするトップダウン体制を取られている会社さんのほうが多い印象はありますね。

ただ、それもある意味では正しいと思います。アイディアを考えられる人を育てない社会構造になっている以上、アイディアを考えることができる人は希少です。そのため、トップダウンで束ね動かしていくほうが、今だけを見れば最適解でしょう。

ですが、それは「戦略的に、一時的にそういう姿をとっており、本当は”その後”に、もっと大きなものを目指すんだ!」「本当はトップダウンでは到達できないところがあるんだ」ということを理解しながら、トップダウンを実行することが重要だと思います。

トップダウンで築ける山は決して高くないのが現状です。いま世界の時価総額ランキング上位を占めるIT企業はすべて画期的なアイディアで勝っており、旧来企業をはるかに越える巨大企業に育っています。

現代の社会構造の中、Wevoxは、人が人間らしい仕事ができ、みんながアイディアを考え、価値提供していける組織へと変革していくためのサポートをしています。

非常に難易度が高く痛みを伴うことを推進しているわけですが、そこを目指さない限り日本の生産性向上は望めないと感じています。

目指さないとはじまらない。目指さなければ間違いなく日本は世界から取り残される。今、その岐路に立っている自覚を日本人全員が持つべきです。
 


 
人間らしい仕事とは、アイディアを考えること。でも現状の社会構造で、人間に期待されているのはアイディアを考えることではなく、機械のように働くこと。たしかに、思い当たる節がたくさんあるお話でした。

また、DXが生産性向上の側面ばかり切り取られ、デジタル化止まりになってしまう理由もよくわかるお話だったと思います。

よく、ビジネスの現場では「TTP (徹底的にパクる)」という言葉が当たり前のように使われています。他社の成功事例をTTPする。真似るということは、学ぶということ。まずはTTPから入ることがビジネスの鉄則だ、と上司から指示され他社事例をかき集める…よくある流れですが、正しい側面もある一方で、まったくあたらしい独創的なアイディアを認めない姿勢が見え隠れしています。

こうした社会構造に潜む課題に気づかず、機械のように働かされている自分に無自覚である状態から目覚めなければいけないフェーズに来ています。
 

次回は、人間らしい仕事のもう一つのカギ「主体性」についてのお話をお届けします。アイディアを考える人が少ないのと同様に、主体的に動けている人の少なさが浮き彫りになる衝撃的なお話です。お楽しみに!!
 

 
■ プロフィール ■
平井 雅史(ひらい まさし)
2009年に東京大学文学部行動文化学科を卒業後、新卒3期生としてアトラエに入社。新規事業を担当しながら、求人メディア「Green(グリーン)」のカスタマーサクセスに従事。同時期に組織力向上プラットフォーム「Wevox(ウィボックス)」の立ち上げに携わり、現在は経営者や人事担当者などを対象にエンゲージメントを軸にした組織改革を支援。エンゲージメントの重要性を自らの体験を踏まえながら日本中の企業に伝えている。3児の父であり、アトラエにて夫婦揃って貢献中。共働きの1つのモデルケースとなるため、日々家事育児にも奔走している。
 
■ 組織力向上プラットフォーム『Wevox』 ■
Wevoxは、エンゲージメントを軸にしたパルスサーベイで組織力の向上を支援するプラットフォームです。エンゲージメントや組織カルチャーなど”組織の状態”を多角的に可視化・分析し、「はかる→みえる→きづく→かわる」といった組織に「きづき」を起こすサイクルを促進します。現場の方々がネクストアクションに自ら「きづき」、組織に変化を起こし続けるサイクルが根付くようサポートします。
現在ビジネス領域のみならず、スポーツや教育の領域でも幅広く導入が進んでおり、導入組織・団体数は2,600以上、回答データは累計1億3,800万件を超える。2019 年度グッドデザイン賞を受賞。(2022年11月11日現在)

Wevox公式サイト:https://get.wevox.io/
Wevox Twitter:https://twitter.com/wevox_io
 


 

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