日本はDXが遅れている。
シリコンバレーや中国にならってDXを推進すべき。
と日々言われている私たちですが「サル真似せよ」は危険信号です。
海外のDX事例は、海外の文脈・背景の中で生まれた事象。
日本の文脈・背景と合致することはなく、移植失敗が命取りになることもあります。
海外DXの文脈・背景を知り、なにを”まねぶ”べきか (「学ぶ」の語源は「真似る」) 考えるための材料として海外DXの文脈・背景をカンタンにまとめてみました。
そもそも文脈が合ってない前提で視るべき海外DX
前回、自社や自国の文脈に合っていないDX施策はすべきではない、というお話をしました。(前回記事「DX、いったんSTOP。 【 本質からズレないDXとは 】」)
「サブスク」はDXの一つのトレンドワードですが、サブスクはあくまで手段。
アドビのサブスクが成功したのは、アドビが提供するツールがそもそもクリエイターにとって「なくてはならない」ものだったから。サブスクにしても離脱率は低く、ユーザー数を飛躍的に伸ばすことに成功したわけです。
日本では、日本酒のサブスクが一時期流行しましたが、ほぼ撤退しています。サブスクにして飲み放題にすることでユーザーは日本酒に対して舌が肥えてしまい、高くてもいいからもっとおいしい日本酒が飲みたいと離脱が増えてしまったと言います。
海外のDX事例も同じです。海外のDX事例は、海外の文脈・背景があったからうまくいっている事例で、日本でそのままサル真似するのは日本酒サブスクと同じ運命を招くことになります。特に、シリコンバレーと中国は、文脈・背景の読み解きが重要です。
そもそも「日本はダメ。海外はすごい。」という情報の類も歪んでいます。逆に海外からは「日本はすごい。」といまだに言われていたりします。ジョブズは、ソニーのような会社を作りたいとアップルを設立しました。
本質を視るためには、各国の文脈・背景の読み解きが重要です。
多産多死のシリコンバレー
「高速で改善を重ねる」「アジャイル開発」などのDXの基本概念とされている考え方は、シリコンバレーがルーツです。
シリコンバレーというと、アップル・グーグル・フェイスブックなどのITスター企業が次々と生まれた場所です。そのため、DXのお手本として取り上げられる傾向がありますが、実はその陰で多くの企業が潰れていっていることはご存じでしょうか。
シリコンバレーは、経営資源の「ヒト・モノ・カネ・情報」の流動性が高い場所です。あたらしいアイディアにすぐにヒト・モノ・カネ・情報が集まりますが、ダメだと思ったらすぐにすべてなくなってしまうシビアな環境です。
そのため「アイディアをすぐ試すスピード感」を重視する文化が生まれています。
この環境のシビアさがよく分かるドラマ・映画もたくさんあります。
https://techblitz.com/startups-movie-2/
上記サイトの中でも紹介されている「The Inventor: Out for Blood in Silicon Valley」という映画の題材になっているセラノスという企業はご存じでしょうか。アメリカでは有名な企業です。
シリコンバレー発、少量の血液で検査できる診断機を開発し、最盛期には株式評価額1兆円にもなった企業です。ですが、発表した技術は実はウソであることが発覚し、2018年に破綻しています。
こうしたセラノスのような”インチキ”企業が、一攫千金を狙って次々と生まれる土地でもあるということです。
そもそもなぜこのような土地が生まれたのか。シリコンバレーはもともと、東西冷戦の最前線の土地であり軍需企業が集結、優秀なエンジニアが集まる場所でした。戦争が終わり、シリコンバレーの主と呼ばれるロバート・ノイスという技術者がこの土地の風土を作り上げていきます。
ロバート・ノイスはジョブズが師と仰いだ人物、インテルを起業した人物でもあります。彼は大企業の階層組織を嫌い、エンジニアが自由自在に活躍できる風土を作り上げていきます。つまり、シリコンバレーはそもそもエンジニアファーストな土地なのです。
この土地で生まれたシステム開発の考え方が基礎となり、日本のみならず多くの企業に輸出されていますが、つまりシリコンバレーとその他の国は前提条件が大きく違うのです。少なくともシリコンバレーという場所と文化はたまたま生まれた特殊ケースであり、そのまま模倣してうまくいくはずがないのです。
「日本企業は失敗を恐れすぎる」と揶揄されますが、失敗を恐れずシリコンバレーのやり方をそのまま模倣すれば倒産する企業、インチキ企業が多く生まれる環境になる可能性があります。アジャイル開発も100%反映させるのではなく、日本企業の文脈・背景を見定め、どう重ね合わせていくべきか考える努力は必要です。
そもそも社会変革意識が強い中国
アリババ、テンセントなどプラットフォームビジネスのお手本国として注目を集める中国。アリババのユーザー数は約8億6300万人、テンセントは約12億人と超巨大市場を作り上げています。
SUNTORYのDXTOP室元デジタル本部長も、中国のプラットフォームビジネスを視察し「メーカーの存在意義が脅かされる時代が来た」「日本と中国は違うからなんて言っている場合ではない」と大きく影響を受けています。
よく言われる通り、中国はITを推進するための条件が揃っていました。
・国土が広く、ショッピングセンターまで車が必須の中国はECが普及しやすかった
・インフラが整備されておらず、ITがインフラ整備の一役を担い一気に広がった (この現象を「リープフロッグ現象」と呼びます)
ですが、中国のプラットフォームビジネスがこれだけ巨大化したのには他に理由があります。それは、社会変革意識が高い起業家が多いことです。
1966~76年に起きた文化大革命によって強制的に無宗教化が進み、心の規範を失った中国は「だまされる方が悪い」という性悪説が基本の荒れた民度になっていきました。
中国IT起業家たちは、荒れ果てた自国を立て直したいという想いが強く「信用スコア」を開発することで善い行いによって生活水準を上げていける仕組みを作るなど、国の変革を目的としたビジネス設計がなされています。(参照記事「DX後の世界、覗いてきた。( プラットフォームってそういうことか )」) そのためユーザーも、データを提供することを厭わないという好循環が生まれています。
プラットフォームビジネスのやり方をそのまま模倣しても中国のようにはいきません。そうしたこともあり、日本でもミッションの見直しが重要になっているのですが、そもそも日本企業は海外の模倣でこれまで成長してきており、明確なミッションを持つ企業は少ないという実情に立ち戻る必要がありそうです。
「リアルは無駄」なインド・東南アジア
インド・東南アジアも、中国と同等・もしくはそれ以上にインフラが整っていなかったことによるリープフロッグ現象で一気にITが普及していった国です。
インドは、国民の50%が銀行口座を持っていませんでした。フィリピンは70%が持っていない状態。そこから一気に国民全員にIDを発行し、ウェブ上で銀行口座を開設できるようIT化を広げていきました。
そのため、インド・東南アジアの人々にとっては「スマホが銀行」であり、リアルは無駄な存在です。アメリカでは銀行施設をカフェ化するなどして有効活用化を図っていますが、インド・東南アジアの人々からすればそれは「リアルは無駄」です。
日本もレガシー環境があふれている国です。IT化だからと言って今さらレガシー環境をなくしていくというわけにもいきません。「レガシーは古い・ITは新しい」という世界的に広がりつつある考え方を越え「レガシーとITの共存」に目を向けなければ、日本のDXが注目されることはないでしょう。
内需だけでは生きていけない北欧
北欧もIT先進国として事例に挙げられることが多い国です。
駐車場アプリでどこにでも車を止められるような仕組みが出来上がっていたり (しかも8ヵ国語対応)、地下鉄に改札がなかったり (車内で見回りの人が来たらスマホで購入したチケットをかざして見せるだけ) 、ITとリアル両方が足並みをそろえて進化しています。
ですが、重要なのはもう一点の要因。北欧は「内需だけでは生きていけない」国だということです。そのため北欧ビジネスははじめからグローバル展開が前提です。
小国であり自国市場が十分ではない北欧は、目立たなければすぐに国際社会から忘れられてしまうという危機感を持っています。そうした背景もあり、IT先進国というポジションを国を挙げて積極的に獲りにいっているというわけです。
日本にこの危機感があるならば「IT後進国」などと呼ばれていないはずです。危機感を持ち、強くDXを推し進めることは重要ですが、日本には危機感を持つ必要がなかった文脈・背景があります。それは、内需が大きいこと。グローバル展開を積極的に考えなくとも自国で経済を回せるだけの内需があることです。
グローバルに合わせず国内ビジネスに専念できるということは、世界的にみて珍しいモノ・サービスを開発することができるチャンスもあるということです。グローバル展開ばかり意識して、この強みを忘れてしまえば日本の競争優位性はなくなってしまうのではないでしょうか。
実はIT化が遅れている欧州
まるで日本だけがIT後進国のように感じてしまう情報が飛び交っていますが、実は欧州もIT化が進んでいるとは言えない状況です。
ですが欧州は「すぐにITが普及するほど欧州の文化は浅くない」と堂々としています。築き上げてきた文化に深みがあればあるほど思想も豊かになり、同時に制約も増える。日本も同じ状況だと考えればむしろIT化が遅れていることを一種誇りに思ってもよいかもしれません。
代わりに欧州が獲りに行っているのは「ルールメイキング」のポジションです。文化が深い欧州は哲学的な概念を産み出すことに長けており、SDGs (世界が直面する環境・政治・経済の課題を解消するために、国連が開発した目標水準。和訳では「持続可能な開発目標」とされている) や ESG (企業が長期的に成長し続けるための経営における重要な3つの基準。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance) の英語の頭文字を合わせた言葉。) に沿ったESG評価のルールメイキングや、アルゴリズムを作るスタートアップが立ち上がっていたりします。
「他国の真似をするのではなく、自国の強みを活かした戦い方を考える」というスタンスは日本も見習うべきポイントです。
ルールメイキングという方向性は、日本にもチャンスがあります。たとえばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような国の超巨大機関があり、そこが「GPIFのESGアルゴリズムはこのようなルールでやっている」といえばアルゴリズムを普及させていくこともできる可能性があります。
強力なあとだしじゃんけんプレイヤーになれる日本
日本がIT後進国であることは事実かもしれません。ですが、それはあくまで相対的に見て、です。
シリコンバレーはさまざまな条件が重なって出来上がった突然変異、中国はITによって国を立て直すという動機が強かった、インド・東南アジアはインフラが整っていなかったが故の急速なIT普及、北欧は内需で戦えないが故に国を挙げてITを強くしていく必要があった…
どの国も「急速にITを広げていく必要性が高かった」だけであり、その国々と比較すればITが進んでいない、と見えてしまうだけです。ここは欧州に見習い「ITがないとダメ」ではない国であることを強みとして自覚し、でんと構えるべきかもしれません。
でんと構え、世界のIT事例を観察しながら日本にしかできないDXを進めることで、あとだしじゃんけんで勝っていく。そんなチャンスが日本にはあります。
まとめ「他国には他国の課題がある。日本がすべきことを愛するべき。」
日本はIT後進国だと焦り他国の真似をするのではなく、他国の文脈・背景を読み取りながら参考にすべき点、しない点を考えていきましょうというお話でした。
●他国がなぜITが進んでいるのか、その文脈・背景から「その国でしか通用しないやり方」がわかる。
●特に、DXの基本方針ともなっているアジャイル開発・高速改善などの源流であるシリコンバレーはかなり特殊な土地であることを前提にすべき。そのほかの国も同じく。
●日本には日本の良さがある。そこを見極め、なにをすれば「最強のあとだしじゃんけん」が出来るか考えるべし。
そもそも「海外に遅れているから自分たちもやらないとダメ」という考え方だからDX推進が進まないのではないでしょうか。どの国も、ITに取り組むことになんらかのメリット・勝機を見出し率先して取り組んでいるのに対し、日本は義務意識からはじまっています。
ビジネスは「ほかと何がちがうのか」を明確にすることが最重要ポイントです。少子高齢化という世界に先駆け直面している課題や、世界一のハイコンテクスト国であるがゆえに生まれる独自性を愛し、そこをITによってどう競争優位性に昇華していくかが重要なのではないでしょうか。
日本は成熟した中高年国です。もうジャンクフードは体が受け付けません。大人のDXを世界に見せつけていきましょう。
参考:
逆・タイムマシン経営論 日経BP社 著者:楠木 建 / 杉浦 泰
アフターデジタルセッションズ 最先端の33人が語る、世界標準のコンセンサス 日経BP社 著者:藤井 保文 [監修]
執筆者
リビルダーズ編集部