DXナレッジ

DX、いったんSTOP。  【 本質からズレないDXとは 】

 
やらなければいけないDX。

待ってください。本当に「やらなければいけない」んでしょうか。

疑いの目をもったほうがいいかもしれません。

逆・タイムマシン経営論 日経BP社 著者:楠木 建 / 杉浦 泰

メディアの記事をさかのぼってみると、いつの時代も「いまこそ組織改革!」と報じられ、世の中全体が翻弄されていたことがわかる著書です。

さまざまなDX関連情報に触れるのは、この本を読んでから。マジメに他社事例などを取り込みDX推進している企業ほど、本質を見失い、倒産してしまう可能性があります。
 
 

トレンドが引き起こす文脈剥離という病 【本の概要】

 
DXといえば「サブスク」も一つのトレンドワードです。

サブスクは「サブスクリプション」の略で「定期購読」という意味。買い切りではなく月額で継続利用してもらうビジネスモデルで、サービス提供側は毎月お金が入ってくることから収益の安定化をはかることができるということで注目を集めました。

サブスクブームをけん引する代表的な事例となったのが「アドビ」。

アドビはフォトショップ・イラストレーターなどのクリエイティブツールを提供する企業で、以前はパッケージソフトとして約30万円で販売していました。ですが高額であるがゆえに新規参入者のハードルが高くなってしまい、ユーザー数が伸び悩んでいました。

この課題を解消するため、アドビは2013年、クリエイティブツールをサブスクに切り替え月額980円から利用できるビジネスモデルに変換。ユーザー数の拡大に成功し、2013年は1株40ドルだったアドビの株価が、2019年には1株300ドルを越える急成長を遂げました。

アドビの事例をきっかけに、日本でもAOKIがスーツのサブスクを展開したり、日本酒のサブスクがはじまったりしました。が、数年で撤退。

アドビはうまくいき、日本企業はうまくいかなかった。この理由を「文脈を読まず、飛び道具に飛びついたから」と筆者は解説しています。

アドビがサブスクでうまくいったのは、アドビのクリエイティブツールが、クリエイターにとって無くてはならないツールだったから。「商品の粘着性の高さ」が勝因であり、サブスクというただの手段が成功要因ではなかったということです。

考えて見れば当たり前のことですが、自社の文脈に合っていなければ、トレンド手法や技術を取り込んだところで失敗します。ですが、多くの企業がこの罠にはまり、自社の文脈を無視して「これからはサブスクだ!」と参入しては数年で撤退、という流れを繰り返しています。

筆者はこのトレンドキーワードにハマってしまう現象を「飛び道具トラップ」と呼んでいます。世の企業は、こうした飛び道具トラップなどに翻弄され、巨額な投資を重ね倒産してしまうという歴史を繰り返していることをつまびらかにしてくれているのが本書です。

10年前、20年前、30年前と当時のメディア記事を題材に、どの時代も「いまこそ組織改革だ!」「日本はもう終わりだ!」という煽り文句に踊らされている様子をこれでもかというほどファクトベースで教えてくれてます。DXも自動運転もAIも、似たような概念が1950年以降ずっと言われ続けているのです。

本記事を書いている2022年6月の時点でも「すべてのビジネスはサブスクへ向かう!」というイベントメールが飛んできました。まだまだサブスクトラップの威力は冷めやらぬようです。
  
 

1980年代からずっと言われ続けていたDX

 
ここからは、DXのような話が、手を変え品を変え言われ続けてきた歴史についてお話していきます。
 

1990年代、DXはERPと呼ばれていた

 
ERP、つまり基幹システムです。

Enterprise Resources Planning の略で、企業経営の基本資源「ヒト・モノ・カネ・情報」を有効活用する考え方のことで、その考え方を実装するためのシステムのことでもあります。

ですが現在、ERPは「負の遺産」と呼ばれ、金食い虫と罵倒され問題視されています。当時は「企業改革の決定版。ホワイトカラーの仕事を高速化、業務の合理化であなたの仕事はなくなるかも。」と、組織改革の救世主として一大ブームを築いていました。DXと似ています。

なぜERPがうまくいかなかったのか。ERPの主目的と、日本企業の活用方法がズレていたためです。

ERPの主目的は「ERPに業務を合わせることによる不要な業務のカット」。結果、組織改革が進み、不要な業務についていた人員を削減することもできコストカットにもつながる、というモノでした。

ですが、多くの日本企業が「業務にERPを合わせ、ERPをカスタマイズする」道を選びます。結果、組織改革は進まず、さらにカスタマイズにカスタマイズを重ねることで複雑化し「負の遺産」化するという結果につながっています。

いまではDXの有力な事例として登場するコマツも、当時ERPをカスタマイズするという禁じ手を選択し、5年という歳月と100億円というカスタマイズコストをかけるという多大な苦労をしています。

ではなぜ日本企業は「業務にERPを合わせ、ERPをカスタマイズ」してしまったのか。日本企業は「終身雇用が前提、だがコスト削減の必要性に迫られていたから」です。

当時、バブルが崩壊し売上は頭打ち。多くの企業がコスト削減方法を求めていました。ですが、これまでずっと終身雇用を前提としてきたため、希望退職は募集は最終手段。ほかにコストを削減する方法を模索している時代でした。

そこに現れたのが、ERP提供企業のSAPジャパンです。ERPは「業革の秘密兵器」として話題となり、多くの企業に導入されていきました。

つまりサブスク同様、ERPも日本企業が文脈を考えずトレンドに飛びつき失敗した事例です。「人を削減すること前提のシステム」を導入したことで、多くの企業がERPを負の遺産にしてしまいました。

また、ERPは「業務を合理化するためのシステム」だったにも関わらず、当時「競争の武器」として報じられ誤解されていた点もDXに似ています。ERPはオペレーション整理のためのものであり、競争優位性を築くものではありません。サブスクをやれば勝てると誤解してしまうロジックと同じです。

「ERP導入による人員削減ができないならはじめから導入しないという選択肢をとるべきだった」と筆者は語ります。たしかにERPが負の遺産化していなければ、DX推進はもっと進んでいた可能性があります。
 

1980年代、DXはSISと呼ばれていた

 
実はERPよりも10年前、SISと呼ばれるシステムが一大ブームを巻き起こしていました。

SISは、Strategic Information Systemの略で「戦略情報システム」という意味です。既存業務の効率化と、競走優位性を築くための情報システムのことを指します。

ERPよりもさらに強気な内容で「アメリカではSISによって大きくシェアを伸ばすだけでなく、ライバルを倒産に追い込んでいる」と報じられていました。

SISブームの1980年代、日本はバブル絶頂期でした。多くの企業が財テクに走り、情報システムも投資対象となり、SISを管轄する情報システム部門を設立する企業が急増。成熟期に入っていた日本は、本業が伸び悩み、次なる手を模索している時期でもありました。

ですが、1990年バブル崩壊と共にSISブームは「費用対効果があいまい」であることから終了。情報システム部門はコスト対象として、子会社として切り出されました。

さて「費用対効果があいまい」なのはSISのせいなのでしょうか。いえ、SIS導入が成功した企業もありました。ヤマト運輸、花王、セブンイレブンジャパンなどです。

成功企業に共通するのは「SISが自社の文脈上必要だった」点です。セブンイレブンジャパンはその当時、店舗数が膨大になり、運営を効率的に回していく必要性に迫られていました。SISを導入し、POSで売れ筋商品がリアルタイムで分かるようにすることでメーカーに対する発言力を増大させるなど、大きな飛躍を遂げることができました。

サブスク、ERPと全く同じです。成功した企業は「自社の文脈上必要だったから導入した企業」であり、自社の文脈に合っているかどうかの検討を飛ばし、トレンドに乗って導入した企業が痛手をこうむるという構図です。
 

DXはちがう?いえ同じです

 
DXは概念であって、システムではないからERP、SISとは違うと思われるかもしれませんが同じです。

「日本はこれ以上成長が望めない。未来が見えない時代に入った。あたらしい打ち手が必要。」という発動条件の元、繰り出される飛び道具に手を出す経営者が増え、メディアはそういった経営者が求める情報を騒ぎ立てる、という流れはまったく同じです。

自社文脈と合致していたから導入して成功した企業をモデルとしてかつぎあげ、すべての企業が取り組むべきだという空気が生まれる点もまったく同じ。数年後なくなる仕事も毎年報じられ話題になりますが、なくなった仕事はありません。

「自動化」というキーワードも旬ですが、実はすでに話題になっていた過去があり「オートーメーション」でヒットする記事が最も多いのが1957年です。AIという言葉が最近生まれただけで、自動化自体はもうずっと昔から言われ続けてきたことです。

「DX推進が進まないのは、テクノロジーに疎い中高年経営者のせい」といった情報もよく見かけますが、中高年経営者はこうした時代の流れを見てきているからこそ、むやみやたらとDXに飛びつかないのかもしれません。
 

トレンドトラップにはまりやすい人の傾向

 
飛び道具に手を出す人が多いから、メディアは求める情報を報じる。すると「この流れに乗り遅れると大変なことになる」という時代の空気が出来上がっていきます。

では飛び道具に手を出す人とはどういう人なのか。傾向を見ていくと、トラップにはまる人がいかに多いかが分かってきます。
 

❶情報感度が高い人
情報感度が高い=能力が高い、というのが一般的な尺度ですが、本質からはずれている情報もどんどん拾ってしまうというわけです。

❷物事をじっくり考えるゆとりがない人
情報感度が高いことと合わせて、その情報の文脈にまで思考を巡らせるゆとりがなくなると本質からズレていきます。ノーベル経済学者 ハーバート・サイモンさんも「情報の豊かさは注意の貧困を生む」と言っています。

❸すぐ結果を求める人
アドビのサブスクのような、数字インパクトが大きい事例に飛びつきがちになります。文脈を考えるということは、中長期的に物事を見るということでもあるので、やはり短期的に物事を見る人は文脈をはずしがちです。

❹行き詰っている人
結果を求められているけど打開策がない、という状況の人は飛び道具に飛びついてしまいがちです。成熟期に入った日本の中でバブル期のような結果を追い求めているとこの状態になりがちです。
 

情報感度が高いDX推進者と、危機感はあるけど打開策がない経営者の組み合わせはまさにトラップ発動のロイヤルストレートフラッシュと言えます。思い当たる節がある方、多いのではないでしょうか。
 

まとめ「サル真似ならデジタル化までにしておくのも手

 
DXも、これまで何度も繰り返されてきた組織改革ブームの一つであることを理解することが重要というお話でした。

●トレンドだから飛びついてはいけない。自社や時代の文脈をしっかりみすえるべき。
●DXは過去ERP、SISというトレンドワードで語られていたことと同じ。
●情報感度が高く、本質まで掘り下げない人がトレンドトラップにハマる。

REBUILDERSは「正しいDX情報で、日本を再構築する人を応援するメディア」なので、今回DXを否定するような内容でしたが、あえてお話させていただきました。

とは言え現在、持続可能な開発目標 SDGsなどを筆頭とする、環境にやさしいビジネスモデルの再構築が叫ばれ、目標数字を守れない企業はペナルティを受ける時代に突入しています。

また、DXによって実現する労働環境の変革は有益な内容も多く「取り組みたい人」も多いのではないでしょうか。前向きに取り組むこと自体は悪いことではありません。

気を付けるべきは、DXが最終目標とするビジネスモデルの変革。ここを、焦らず、むやみに他社の真似をして早く完成させてしまおうとしないことです。まずはデジタル化までを行い、基礎を作って様子を見るのも賢い方法ではないでしょうか。

トレンドに飛びつかず「自社の文脈に合っているか」「自社の文脈上、取り組むべきはなにか」を深く掘り下げ考え取り組むことが重要。その一助になるのが本書です。

これからお届けする情報も、本質を見極め精査していかなければと強く感じる一冊でした。
 
 
参考:逆・タイムマシン経営論 日経BP社 著者:楠木 建 / 杉浦 泰

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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