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「デジタルケイパビリティ」って結局なに?

 

DXレポート2には一単語も登場せず、DXレポート2.1で突然頻出しはじめた謎の言葉。
「デジタルケイパビリティ」
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引用:経済産業省 DXレポート2.1 (元図に「デジタルケイパビリティ」部分をハイライト加工)

  
 
造語に造語を重ねるところがITの世界のややこしいところですが、ここではデジタルケイパビリティのことを「ソフトウェアによって価値を創出する事業能力」と説明しているように思います。

わかったようなわからないような…

この言葉、もっとカンタンにわかるようにいろいろと調べてみました。
 

 

デジタルケイパビリティとは「UXを開発する力」

 
ケイパビリティとは「能力と方法論」のことです。
かみ砕いて言うと「目的を達成するために必要なスキル・知見などの力とやり方」。力があっても、やり方を知らなければ目的を達成することはできません。逆もしかり。そのため「ケイパビリティ」と一語でまとめています。

つまり、デジタルケイパビリティとは「デジタル領域において目的を達成するために必要な力とやり方」ということになりますが、もっと端的に言うと「UXを開発する力」です。

UXとは「ユーザー体験」のことを指します。UIとUXは混同されがちですが、UIはユーザーインターフェースで、ユーザーと製品・サービスとの「接点」。UXはユーザーエクスペリエンスで、製品・サービスを通してユーザーに提供する「体験」です。

UXは「ジャーニー」という概念で説明するとわかりやすくなります。「ジャーニー」とは「旅」という意味ですが「ユーザーの自己実現に寄り添って、伴走する線のビジネス」を「ジャーニー」と呼んでいます。(くわしくはこちら「「ジャーニー」を知ると、DXがやけにわかりやすくなる件① ~ どのくらいビジネスを変革すればいいのかわかった ~」)
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
これまでは「ユーザーの自己実現の一助になる製品・サービスを提供する点のビジネス」でした。一助になるかもしれないが、自己実現できるかどうかはユーザーの責任。ダイエット食品を提供したからと言って、三日坊主で終わればダイエットは無しえません。

ですがジャーニーは、これまで点でしかなかった製品・サービスを組み合わせて線を創り、ユーザーの自己実現を支援する旅を提供するビジネス。ランニングを習慣づけるアプリなどを無料提供するなどして、ダイエット成功を支援します。

点と点をつないだり、無い点は創ったり、ユーザーの自己実現を伴走サポートするための線=体験を開発する力が「UX開発力」。このUX開発力こそがデジタルケイパビリティの具体になります。
 

従来のケイパビリティとの違い

 
つまり、デジタルケイパビリティは”線”のビジネスに必要な能力・方法。
従来は”点”のビジネスであり、必要なケイパビリティが違ってきます。

従来は、良い製品・サービスを開発できればよく、その後のアフターフォロー、ユーザーが自己実現を成し得たかどうかまでは踏み込みません。

ですが、UX主軸のビジネス時代のメインはアフターフォローであり、製品・サービスは点。一要素でしかありません。考えること・必要な能力はおのずと変わってきます。

デジタルケイパビリティという言葉からか、データサイエンティストなどのデジタルスキルばかりに焦点が当たりがちですが、データ分析はユーザー体験の一要素にすぎません。むしろ、ユーザーとのコミュニケーション力などアナログスキルもユーザー体験の重要な要素。

実際、『UXグロースモデル』に記載されている、UX開発に必要な能力図を見るとデータ分析系のスキルはごく一部であることがわかります。
 

引用:『UXグロースモデル』日経BP社 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
ここには記載がありませんが、UX開発力にはもちろん、エンジニアリングも入ってきます。ですが、技術先行でモノごとを考えると顧客視点ではなくなります。顧客視点でなく企業視点になってしまうと、ユーザーの自己実現を伴走する発想が弱くなります。

そのため、UXを企画し、改善を重ねていく能力を持つ人材が増えなければはじまりません。まとめると、デジタルケイパビリティとは「UXを開発していく能力と方法論であり、能力に関しては一定のITリテラシーは必要でも、プログラミングなどの開発知見が必須なわけではない (エンジニアは必要・重要) 」ということです。

もう少し具体的に見ていきます。
  

UX開発力は2種類

  
UXの開発力は2つに分かれます。

①新しいUXをイメージし、具体化していく力
②UXを高速改善していく力

です。
 

①新しいUXをイメージし、具体化していく力

 
・こんなユーザーの自己実現を伴走するサービスがあれば、受け入れられるか
・そのサービスを実現するために、どんな”点”(製品・サービス・アプリなど)が必要か
・それらをどのように開発・調達していくか

を考える力です。「ゼロから想像し、具体化していく」ため、定性調査などでユーザーの行動背景を探っていきます。重要なのは、想像力と行動力。また、このUXはあたらしい!収益になる!と確信できるインスピレーションです。

つまり、この段階におけるメインは、データサイエンティストやエンジニアではなく「UXを企画する人間」です。

民泊プラットフォームサービスのAirbnbも実はエンジニアではなく、デザイナーが立ち上げたビジネス・新しいUXでした。創設者のブライアン・チェスキーがアパートの家賃を払えず、ロフトを人に貸し出して不足分を捻出した経験がAirbnbの起源になりました。エアーベッドと朝食を提供したので、Air Bed and Breakfast。これを略してAirbnbです。

重要なのはこの段階のアイディアは、あくまでシーズ (種) であるということ。企業で新規事業を立ち上げるとなると高い成功率を証明できなければGOは出ません。ですが、成功率が高いことが分かるということは、新しいUXではないということでもあります。

まずはインスピレーションで動き、改善を重ねる中で、強いUXを創っていく。Airbnbも立ち上げ当初はルームメイトのマッチングサービスでしたが、ユーザーの反応をみながら改善を繰り返し、現状の「民泊」というビジネスモデルにたどり着いています。

ちなみに民泊は、自分のプライベート空間を人に貸し出すことに対する抵抗の声が多かったそうです。その壁を乗り越えるきっかけになったのが理念。「世界中を居場所にする」という理念・方向性が、人とのつながりを求めるミレニアル世代に刺さり、一気に拡大していったそうです。

アイディアは、世に出してみてからが本番だということです。そして、走り出すために必要なことは「自分がやろうとしていることは、これまでとはまったく違う新しいユーザー体験なんだ」というインスピレーションです。

「インスピレーションを即試してみる組織判断力」もまた、デジタルケイパビリティの一つと言えます。
 

②UXを高速改善していく力

 
「UXを高速改善していく力」とは、①で作ったUX企画を走らせてみて、課題を特定し、解消できる施策を考え、実行していく力です。

データサイエンティストの活躍領域はここです。アプリなどを通じて取得したユーザーの行動データからユーザーのインサイトを読み取り、分析し、施策を立てていきます。

ツイッターやフェイスブックが急成長を支えたのはデータサイエンティストだったと言われています。たとえば、ツイッター登録後、継続して利用をしているユーザーは「すぐに30人以上フォローしている傾向がある」ことを見つけ、登録時に有名人のアカウントをフォローする導線を作り、アクティブなアカウントを増やしていった、などです。

ちなみにデータサイエンティストが必要なのは「高速回転が可能になるから」です。この改善フェーズは行動データを使わず、定性調査で改善していくことも可能ですが、時間がかかるので回転が遅くなります。

①のインスピレーションを軸としたUX企画も、後ろにデータサイエンティストが控え高速回転を回していくという後ろ盾があるからこそ、不安定な状態でGOを出すことができるという利点もあるかもしれません。
 

まとめ「デジタルスキルの習得だけがケイパビリティではない」

デジタルケイパビリティの要点だけ、ざっくりとお話してきました。

●デジタルケイパビリティとは、UXを企画し開発していく力
●単一のプロダクトやサービスを開発し提供していくのではなく、ユーザーの自己実現を伴走する体験を開発し提供していく
●必ずしもデータサイエンティストなどだけを指すのではなく、不安定な構想をリリースし、その後改善していく決断力などもデジタルケイパビリティである

「デジタル人材が不足している」と言われていますが、デジタル人材をそろえただけではデジタルケイパビリティは十分ではありません。むしろそれよりも「シーズのアイディアを即リリースしていく決断力」などアナログスタンスのアップデートのほうが重要です。

近年、オンラインとオフラインを融合していくマーケティング手法OMO (オンラインとオフラインの垣根をユーザーに感じさせないマーケティング。「Online Merges with Offline」の略称。) が注目されていますが、オンラインが強い企業がOMOをやると「ユーザーとのリアルコミュニケーションでエンゲージメントを上げていく力がまったくない」と困ってしまうケースが多いそうです。

逆にオフラインが強い企業がOMOをやると「データを分析して、コンテンツを高速で作っていく力がまったくない」。デジタルケイパビリティとは、オンラインとオフラインの両方に必要な能力・やり方を持ち合わせることです。

つまり、デジタルケイパビリティとデジタルスキルを持つことはまったく別の話だということです。ですが、昨今企業のDXの取り組み発表を見ると「デジタル人材を〇人まで増やした」という内容ばかり。また表面的にモノゴトを捉えてしまっているような印象です。
 

参考:アフターデジタル2 UXと自由 日経BP 著者:藤井 保文

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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