DXナレッジ

DXレポートじゃ、人は動かない。(ましろに学ぶDXコミュニケーション術)

 

「DXレポートって、よくわからないからどう進めていいかわからないよね。」

わかったふりをせず、時には開き直ってみることも実は重要です。

国が発行するモノは「教科書」です。教科書だけで全員東大に行けるなら、塾もZ会も必要ないはず。教科書だけでわかった気になってしまうのは危ないことです。

DXが、本当によくわかる本を見つけました。

『総務部 DX課ましろ』 発行:日本経済新聞出版 著者:須藤憲司

「もしドラ」と同様、ストーリー仕立てのDX推進担当者奮闘記。ストーリー仕立てだからこそ、知識だけではDXは進んでいかないことが理解できる名著です。「DX推進、なにをどう頑張っていいかわからない」方におすすめです。

本記事では、この本から得た重要なエッセンスについて解説していきます。

 

DXレポートで言ってたあれはこういうことか!【本の概要】

 

「もしドラ」のDX推進担当版、とご紹介しました。

が、この小説に書かれている内容は、著者であるKaizen Platform社 代表取締役 須藤憲司さんが、実際に900社以上の大企業のDX推進を支援してきた経験談がベースになっています。そのため、小説とあなどるなかれ、リアルにDXの実態がイメージできる内容です。

ピンチヒッターとして某ベンダー企業のPMが抜擢され、再調査。1か月半後、PMが出したレポートの結論はDX推進メンバーと同じく、A社で物語は、洋菓子チェーン企業2年目社員だった「岬ましろ」が突然、DX推進担当を任命されるところからスタート。DXアドバイザーの「黒崎」とともに、さまざまな苦難を乗り越えながらDX推進していくストーリーです。

この本は「デジタルにくわしくないとDXは推進できない、というのは大間違い」ということを世の中に伝えていくために書かれているので、主人公・岬はもちろんデジタルにくわしくない、洋菓子店のイチ接客担当です。

岬の目線から描かれるDX推進は、非エンジニアにもよくわかる内容になっています。DXにまつわる専門知識もわかりやすく吸収できる名著です。

くわしくは本書をご覧いただくとして、本記事では、DXレポートではわからなかった、DX推進に重要な部分についてお話していきます。

 

DXは、心を動かす戦い

 

課題設定DXは、総論賛成・各論反対が常。

各論反対派と「どう折り合いをつけていくか」の戦いです。

DXレポートは「総論賛成」を促す内容です。2025年の崖、デジタルディスラプターの話など「会社全体で取り組まなければいけない理由」を周知しています。

ですが「各論反対派との折り合いの付け方」は書かれていません。そして、この「折り合いの付け方」こそがDX推進に大きな影響を及ぼしているということが、おそらく本書の隠れたメッセージであり、だからこそ小説形式で伝えようとされているのであろう部分です。

 

デジタル知見ではなく、ミッションへの共感が強い人をDX推進役にすべき

課題設DXを推進するために、外部からデジタルに強い人をCDXOを召喚し一気に進めようとして失敗した、という情報やニュースを見かけます。

先日もビジネス誌DIAMONDで、セブン&アイ・ホールディングスが、リクルートテクノロジーズの最高技術責任者・米谷氏をCDXOとして迎え入れ一気にDX推進を試みたところ、内部からの反発が膨らんでしまい、退陣に追いやられたという話が特集されていました。

本書が伝えたい「デジタルにくわしくないとDXは推進できない、というのは大間違い」というコンセプトの通り、必要なのはデジタルにくわしい人ではなく、内部を巻き込み進めていける人、なのかもしれません。

そして、内部を巻き込み進めていける人というのが「ミッションに共感しており、ゆえに当事者意識が高い人」なのではないでしょうか。

以下、本書主人公である岬が、SaaS・チャットツールを導入するにあたり社内に周知して回るシーンでの岬のセリフです。現場社員から「これってやる意味ある?」「忙しいのにこれ以上業務増えるの勘弁してよ…」と否定的な意見があがり、それに対し岬は

「皆さん!今から業務を変えるのはとっても大変です。だから、皆さんの不満も、それから不安もよくわかります。私もとても不安です。でも、こうやってデジタル化していく中で、皆さんがわざわざやっていたお店ごとにフォーマットが異なる発注書などの打ち直しの手間が省けたり、確認漏れが防げたりするんです。
これは、私たちを楽にしてくれるというだけじゃありません。お客さまに向けて使える時間が増えるということなんです。私は、お菓子を通じて人を幸せにするというこの会社のミッションをこのDXを進める中で思い出しました。そのミッションを実現するのに、皆さんの協力が必要なんです。お願いします、助けてください!」

『総務部 DX課ましろ』 発行:日本経済新聞出版 著者:須藤憲司

まさに「各論反対派との折り合いを付けるコミュニケーション」です。このようなコミュニケーションが取れる人でなければ「協力してあげなきゃ」とは思えません。

この岬のセリフのポイントは、ミッションが起点になっていることです。私はミッションに共感している、みなさんもミッションの共感者だったはず。大変だけどいっしょにやっていきましょうよ!と、呼びかけています。

このセリフで、改革を推進する人VS通常業務を回す人、という対立構造が崩れ、おなじ目的を目指す仲間、に関係性が変わっています。

また最後に「助けてください!」と言っています。ここは「協力してください!」になりがち。「協力してください!」は「仕事なんだから、みんなで協力して乗り切ろうよ!」という”義務の押し付け” がにじみ出た言い方です。

ですが、ミッションに強い共感をしている岬は、自分ごととして仕事に取り組んでおり、もはや社長の視座です。「大変なことは重々承知しております!その上で、ミッションの実現のために力を貸してください!」という”お願い”の言い方になっています。

ミッションに共感する人は、視座やスタンスが変わります。すると自然と言葉が変わる。DX推進は、ミッション共感者が適任であることがよくわかるシーンであり、DX推進の、最初の施策としてミッション・ビジョンの制定が入ってくる理由もよくわかります。

実際、ミッション経営ができている企業は少ないです。

ミッション・ビジョンの重要性が出回り始めたのは1990年代。それ以前に設立された企業はほぼ、明確なミッション・ビジョンを持っていません。それ以前はミッション・ビジョンなどなくても、欧米企業の真似さえしてれば業績を上げていくことができていたからです。

このミッション・ビジョンの不在もまた、DX推進がうまくいかない一つの理由なのかもしれません。

 

伝えたいことファーストをやめるべき

また、本セリフは「伝わる伝え方」になっている点も重要です。

ミッション共感者で当事者意識が高かったとしても、「伝えたいこと」から話をはじめれば結局、”押しつけ”になり人は動きません

もう一度、さきほどの引用の序盤部分をご覧ください。

「皆さん!今から業務を変えるのはとっても大変です。だから、皆さんの不満も、それから不安もよくわかります。私もとても不安です。でも、こうやってデジタル化していく中で、皆さんがわざわざやっていたお店ごとにフォーマットが異なる発注書などの打ち直しの手間が省けたり、確認漏れが防げたりするんです。

『総務部 DX課ましろ』 発行:日本経済新聞出版 著者:須藤憲司


青い部分、岬はまず、相手への共感から話しはじめています。自分もとても不安だと、Iメッセージ (アイメッセージ:自分を起点にしたメッセージの伝え方) で強調しています。

そのあと赤い部分で、DXに取り組むことによる相手のベネフィットを伝えています。その後ようやく「だからDX推進に力を貸してください!」と、言いたいことを伝えています。

これは、人を動かす話し方の定石です。「自分が言いたいことより、相手が聞きたいことを先に言う」。テクニックというと聞こえが悪いですが、有効な方法です。

実は、これが出来ていない人が非常に多い。指示待ち人間が多くて困ると嘆く社長さんに限って、「いいからやれ」と伝えたい指令を伝えてしまっていたり。

そもそも人は、伝えたいことを伝える、というコミュニケーション方法がデフォルト設定されています。子供の頃、だれしも「ねえねえお母さん、聞いて聞いて」と言っていたはずです。だから、伝えたいことから話し始めない、というのは、後天的に勉強して身につけなければいけないわけです。

デジタル知見の不足がDX推進を遅らせているとも言われますが、機械を動かすプログラミング言語の勉強と並行して、人を動かす言葉の勉強も取り組むべきかもしれません。

 

相手の頭の中にある言葉で話すべき

そして、大半の人が「DXをやらなければいけない理由」についても、”頭でわかって、心で理解してない” 状態、なのではないでしょうか。

ハッとさせられたのが、黒崎と岬のこのやりとりです。

「ペリーが大砲という見たこともない武器を積んできたように、DXはデジタルやテクノロジーを積んでやってきた。DXはこれまでの日本の社会システムを根こそぎ変える、歴史の一大転換点とも言えるんだ。そして黒船来航後、日本はどうなったか。
幕府の中で革新派と呼ばれた一部の人間は徳川家と幕府の体制に強い危機感を抱いていた。一方老中・大老など、徳川の傘の下で安寧と生きてきた中間管理職は徳川家がなくなっては困ると抵抗勢力になって、新しい時代が来るのを阻止しようとした。じゃあ最終的に革新派である勝海舟は、どうやって江戸時代の無血開城をしたか覚えている?」
「西郷隆盛や坂本龍馬と連携したんでしたよね」
「正解。つまり血を流さずに構造変革を成し遂げるには、危機感を持ったトップと、保守勢力の中にいる革新リーダー、そして外部の異能人材のコラボレーションが必須なんだよ」

『総務部 DX課ましろ』 発行:日本経済新聞出版 著者:須藤憲司

どうでしょうか?「いまは幕末なんだ」と聞くことで、あ、今ってそこまで大きな転換点なんだということが理解できませんか?急に、自分も含め多くの人が危機感なくのんびりしていることに違和感を感じるようになってしまう、すごい例えです。

ここもやはり、伝え方です。相手が知らないことを伝えるには、相手が知ってることに置き換えて伝えると良いと言われます。人は、知らないことを想像することはできません。

過去起きていたあの状況と同じことなんだ、と理解できれば、同じ過ちを繰り返したくないという気持ちになりますし、繰り返さないためになにをすればいいのか考えるようになります。

中間管理職が抵抗勢力になるんだという話を聞けば、当の中間管理職の人たちは危機感を感じるでしょう。

血を流さず構造変革するのはむずかしいんだという話を聞けば、血を流すというのは大量リストラであり倒産であることだとイメージでき、自分事として捉えやすくなるでしょう。

 

まとめ「いま必要なのは、わかりやすく伝わる言葉

 
とにかく本書は、堅苦しい言葉で書かれておらず、DXがわかりやすい。

あたらしいツール・技術・概念が次々生まれる時代です。そんな時代だからこそ、あたらしいモノをわかりやすく伝える技術も、必要なのではないでしょうか。

わかりやすく伝えることを意識すると、物事を意外とシンプルに捉えることもできるようになります。数百ページの本も、A4一枚で伝えることができたり。

DXレポートの「まずは守りのITの整備から入り、データを整備し、段階を経て攻めのITに転換していく」というストーリーは、理解はできるのですが、必要以上に壮大なモノに感じてしまいます。

ですが本書の読後感は「DXってたしかに大変そうだけど、思ったよりも楽しそうだし、やりきれそう」。わかりやすく伝えていることで、DXのイメージがガラッと変わります。

一般的に、わかりやすいモノに飛びつく人を軽視する傾向があります。ですが、本当はわかっていないことをわかったふりし続けるよりも、わかっていないことを自覚してわかりやすそうなものにパッと手を伸ばしてみるほうが賢いと思います。

本書、ぜひおすすめです。

 

参照:『総務部 DX課ましろ』 発行:日本経済新聞出版 著者:須藤憲司

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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