デジタルの力だけでは、あたらしいビジネスは作れない。
デジタルの力であたらしいビジネスが実現できても、法律などのルールが追いついておらず実現しないということが往々にしてあります。
ですが、トレンドはもうその先、企業がルールを作り変える時代に突入していました。
Forbes 2022.8号 「新しい市場創造」入門 特集『RULE MAKERS』
という特集です。DX時代の企業に必要なのは、デジタル技術力とルール創造力であることを示唆しており、非常に興味深い内容でした。
世界は1人の人間の情熱で変わっていく
以前書いた記事で、楠木建さんの『逆・タイムマシン経営論』という本に書かれていた、技術が進んでも、法律・ルールが変わらないから結局なにも実現しないという現象について触れました。(以前書いた記事「DX、いったんSTOP。 【 本質からズレないDXとは 】」)
たとえば、自動運転車は1960年代から「自動電子装置をつけたドリームカー」としてメディアで話題となっており、1998年には「あと10年で実現する」と言われていましたが、法律や環境整備が伴わず、まだ実現していません。著書では、早くて私たちが高齢者になるくらいにようやく一部実現されるだろうという見立てでした。
結局、現在の法律・ルールは、あたらしく生まれるビジネス・技術を前提に作られていないため、どうしても法律・ルールが後追いする状態になってしまうことは仕方のないことです。
ですが、世界初の「民宿」サービス・Airbnbなど、すでに日本でも実現しているあたらしいビジネスもあります。一般の人の所有物をレンタル利用するという文脈でいうと、Uberの白タクビジネス(国土交通大臣の許可を受けず、お金をもらって顧客を運送する車両、およびビジネスのこと) は日本の法律上NGになっています。
なぜAirbnbは同じレンタルサービスなのに実現しているのか。それは、Airbnbは行政とユーザー双方が納得できるルールを共に創る活動を行っていたからです。Uberは市場を抑えて既成事実を作り、国や自治体を動かしていくというやり方を取っていたことがあだとなり、国と対立する状況になってしまいました。
つまり、あたらしいビジネスを実現できている企業には、法律・ルールを創り変える活動を行う「ルールメーカー」が存在していたということです。
ルールを創れる企業が世界の先頭を歩き、デジタル技術を導入しただけの企業はルールメイキング企業の後塵を拝す流れが活発化してきそうです。
「修理する権利」を創った iFixit
今回Forbes「ルールメーカーズ」の表紙を飾っているのが、電子機器の修理情報を提供するオンラインコミュニティ運営・修理用パーツ販売で成長中のiFixit社。同時に、iFixit社は「修理する権利」を法制化させ、世界のルールを塗り替えている企業です。
「修理する権利」とは、ユーザーがメーカーを通さず製品の修理ができる権利のこと。
これまで、壊れたらメーカーに修理依頼するのが一般的な暗黙の流れでした。修理に関する情報や知識はメーカーが持っているため、メーカーに依頼するほか無い状態になっているわけですが、修理依頼を出すとかなり高額になってしまい、結果、買い替える方が早いという流れが常態化しています。
この流れはある種、意図的に仕組まれていたりします。iFixit社は、修理しやすい電子機器を提供するメーカーに緑のエコステッカーを付与するというインセンティブを各メーカー企業に提案していたのですが、アップルは「バッテリー交換が簡単にできるようにするくらいなら、完全にスタンダードを変更する」と敵対意識むき出しで抵抗してきたそうです。
こうした状況を、ルールメイキングで変革していったのがiFixit社CEO カイル・ウィーンズさんです。カイルさんははじめ、各メーカーの電子機器の修理マニュアルを制作し自社サイトで無料公開するというサービスを展開していましたが、ルールメイキング活動にも力を入れ始めます。
国際環境NGOのグリーンピースと組んで、有名メーカーの電子機器を分解し、修理のしやすさを評価した「リペアビリティスコア」を作成。議員にも働きかけ、彼らのスマホを無料で修理してあげつつ修理の重要性を訴えるロビー活動にも力を注ぎました。
結果、欧米政府だけでなく、敵対関係にあったアップルを含むGAFAMも修理する権利に賛同し、権利は法制化。ヨーロッパにも普及しはじめ、2023年以降メーカーは、パーツやツール、修理マニュアルの提供が義務付けられるまでに至りました。
カイルさんがiFixitの前進である会社を設立したのは2003年。ニューヨーク州で修理する権利が可決されたのは2022年6月ですから、約20年近くルールメイキング活動を継続していたわけです。その間有名メーカーから拒絶されても尚活動してきた衝動は、カイルさんが若いころアフリカで眼にした光景、子供たちがゴミ山を歩き、有毒物質も含まれた電子機器を拾い集めている姿を目撃した原体験がもとになっています。
つまり、世界は一人の情熱で変わっていくということです。
この話のDXらしい部分は、修理マニュアルを自社サイトで全世界に無料で公開したことくらいです。AI、IoT、ブロックチェーンといったバズワードは出てきません。
ですが、そもそもITとは「一般の人々が情報発信できる権利を獲得できたこと」に価値があり、その権利を利用しルールをリメイクし、世界を変えるビジネスを展開しているiFixit社の事例は立派なDX事例と言えるのではないでしょうか。
「デジタル技術を使ってできることを考える」ではなく「世界を変えることを考える・デジタル技術の利用が有効であれば活用する」というのが本来正しい流れであること、またデジタル技術の利用に終始せずリアルを変えていくオフライン活動の重要性も教えてくれる事例です。
日本にもすでに存在するルールメーカーズ
iFixit社の事例だけですと、ITの世界にありがちな「海外だから実現する事例でしょ」になってしまいますが、ルールメイキングはすでに日本企業でも行われています。
最近、電動キックボードのシェアリングがはじまっているのをご存じの方も多いと思います。実はあれも、元々は法律上認められていないモノでしたが、Luup社の代表岡井大輔さんの活動により実現可能となった事例です。
もともと、日本の法律では電動キックボードは原付と同じ扱いでした。そのため、免許なし・ヘルメットなしで乗ることはできないもので、かつ車道を走らなければならないため、公道を走らせることができず、シェアリングサービスを提案しても国土交通省から門前祓いされていました。
そこで岡井さんは、地方自治体に働きかけます。地方自治体は、高齢者の移動手段に課題を抱えており、電動キックボードシェアリングは相性が良かったのです。地方自治体から連携の輪を広げ、マイクロモビリティ推進協議会を設立。徐々に発言力を高めていき、2022年4月道路交通法の改正案が衆議院で可決。電動キックボードをメインとして車両区分が設定されることになりました。
実は、時代の先頭を行く企業事例の裏にはこうしたルールメーカーの活動が存在します。メルカリ、マネーフォワード、ヤフー、freee、スマートニュース、アンドパットなどなど、各企業にはルールメイキング担当がおり、中には政界から転職してきた方や元弁護士などもいらっしゃいます。
ルールメイキングというと大企業にしか許されていない特権のように思ってしまいますが、実はそうではなく、iFixitや電動キックボード Luup社岡井さんのように少人数の企業が、地道な活動をコツコツと積み重ね戦略的に国に働き掛けていくというアプローチからはじめています。
あたらしい技術が次々と生まれる中、これまでの法律・ルールではとらえきれないビジネスがどんどん生まれるこの流れをVUCAの時代と呼ぶのではないでしょうか。法律がダメだからしょうがない、ウチは中小企業だからしょうがない、と手をこまねいている時代はすでに終わっています。
勇気と行動力と知恵でルールメイキングしていくたくましい企業が先頭に立っていく時代がもう到来しています。
まとめ「ビジネスが世界を創る時代」
あたらしい市場を切り開く「ルールメーカーズ」についてお話してきました。
●あたらしい技術が産まれても、法律・ルールが追いついていないことでビジネスが成立しないという問題がある。
●そんな問題を乗り越え、あたらしい市場を切り開く「ルールーメーカーズ」企業が存在する。彼らは、地道な活動を通じ国に働きかけ、法律・ルールを変えていく。
●海外の事例ではなく、日本のIT系リーディングカンパニーもすでにルールメイキング活動をしている。結果、法律・ルールを変え、新しいビジネスをはじめることに成功している。
楠木さんが著書でおっしゃっていた、自動運転車は私たちが高齢者になるころようやく実現するという話も、こうしたルールメーカーズの活躍により早まることもありうるかもしれません。
そもそも日本企業の多くは「法律に則った中でできるビジネスをする」という考えに縛られていた印象があります。ですが、時代が変わってきました。
環境問題のように人類共通の社会課題が目の前にあり、その社会課題を解決するためのルール変更は歓迎されるという流れが出来上がっています。後は、ルールメーカーの社会課題に対する情熱次第。共感者が多ければ多いほど、自然とルールは書き変わっていく。昔に比べて、はるかにルールメイキングは身近なモノになっているということなのかも知れません。
国が法律を変更するのを待たず、企業が国と共に法律を創っていくことがもう普通に求められている時代がすでに到来していた、ということなのでしょう。
参考:
Forbes 2022.8号 「新しい市場創造」入門 特集『RULE MAKERS』
執筆者
リビルダーズ編集部