DXナレッジ

アジャイルを特別ななにかだと勘違いしていませんか。

 
わかってると思い込むことは危険。

前回の記事で、自戒の念を込めそのような話をさせていただきました。

アジャイル開発も、エンジニア以外の人にとっては「わかってると思い込んでる」情報になってしまいがちな事象の一つです。

『ここはウォーターフォール市、アジャイル町』ストーリーで学ぶアジャイルな組織のつくり方 出版:翔泳社 著者:沢渡あまね・新井剛

こちらは以前書いた記事と同様、ストーリー仕立ての本になります。

DXは企業変革であるとよく言われますが、このアジャイル開発導入こそが変革に直結していることがよく分かる非常に参考になる一冊です。
  

ロボットと化したエンジニアたちを、再び人間に戻すアジャイル【本の概要】

 
本書は、アジャイル開発に切り替えていく現場ドラマを小説化した内容です。

著者は日産自動車、NTTデータの情報システム部門を経験しており、その後、講演・執筆・メディア出演活動を通して働き方改革・マネジメント改革を行っている沢渡あまねさん。沢渡さんが経験したITプロジェクトを通じて知りえた内容をベースに書かれている本で、現実7割・見聞き2割・理想1割の内容だそうです。

以前ご紹介した『総務部DX課 岬ましろ』もストーリーでしたが、作者であるKaizen Platform社代表須藤さんが、DX推進プロジェクトでよく起こることをベースに作られた内容でした。

ストーリーものはライトノベルのような表紙で、ビジネス書籍としては軽く見られてしまいがちですが、実は世の中の企業の実情を詳細に知ることができる資料として高い価値を持っています。

そのため、かなり現実味のある設定です。

大手精密機器メーカーの海外マーケティング部・システムチームのリーダーとして働いていた相良真希乃が情報システム部・認証基盤運用チームへの移動を命じられる。情報システム部は認証基盤運用チームのほか、運用統制チーム、ネットワークチーム、インフラ基盤チーム、開発チームで構成。認証基盤運用チームはプロパー社員が1名・外部からの常駐エンジニアが2名・グループ会社からのエンジニアが6名在籍しています。

真希乃の情シスに対する印象は「受け身の人たち」。言われたことはやるが、言われなければなにもやってくれない。業務を解決する提案もくれない。主体性・積極性を感じられない人たち。

さらに、情シスは開発チームと運用チームが犬猿の仲で、運用チームは「意見なんかしても無駄」とロボットのように無感情で働いている。

本当によくあるこの状況から、どのようにアジャイルを定着させていくのか興味がわいてくる内容ではないでしょうか。

ストーリーものの書籍は、人間ドラマをベースにした「こんな時どうする?というケーススタディ」が学べます。DX推進の壁は、ロジックだけではどうにもならない”非合理”な部分に多く潜んでいます。本書でのイメージトレーニングが、アジャイル推進の役に立つはずです。
 

人間性・自発性を回復させるための構造改革

 
DX要件定義→設計→開発→テストと上流から下流工程に移行していく開発手法はウォーターフォール。小さく作ってリリース・改良していく開発手法をアジャイルと呼ぶことはご存じかと思います。

アジャイルは、DXには欠かせないあたらしい開発手法と言われているがゆえに、なにか画期的なモノ、特別な技術やフレームワークを使った開発手法なのではないかとイメージしてしまいがち。ですが、現場レベルで見ると非常にアナログです。

本書を読むとわかるのですが、出てくるのは「全員が同じ管理ツールをつかい、課題を全員が理解している状態を目指す」「チームで朝会・夕会をやる」「ホワイトボードの前に半円になり、全員が意見を述べあう」などの話に終始。アジャイルとは、何か特別な開発手法などではなく、プロダクトチームが全員一致団結して開発を進めていくためのあたらしいルールであることがわかります。

平たく言えば「チームの連携を高めること」でもありそれほど特別なことに感じられない内容なのですが、アジャイルがなぜ新しい概念として注目されているのかを理解するには、ウォーターフォールがもたらす現場の状況について知る必要があります。

ウォーターフォールは、要件定義がきちんとやりきれていれば良い開発手法なのですが、たいていの場合、システムを利用するユーザー、そして運用する人たちの観点が抜けてしまいます。

良く起こる事象としては、

①上流、開発メンバーとシステム開発を依頼する非エンジニアの間だけで物事が決まる
②運用メンバーが登場するのはテスト工程から そこで課題が次々に発覚
③開発メンバーにいっても「それをカバーするのが運用の仕事だろ」の一言

という運用軽視の流れです。さらに、開発メンバーが変更した仕様内容は運用チームに知らされず、あとでたまたま知るということも多いようです。

このような状況が引き起こす最悪の事態は、運用のロ5ボット化。「なにを言ってもムダ」「それよりも目の前のユーザー対応をさばくことで精一杯」となり、やがて感情すらも失われていくことです。

開発メンバーが態度を改めればうまくいくのかというとそういう話でもなく、
 

部門の評価制度も問題だ。無茶な納期を設定し、その納期に押し込んでシステムをつくった人が高く評価される。運用やヘルプデスクが後でどんなに苦労しようが、知ったことではない。そんな近視眼的な評価制度が「つくり逃げ」を助長する。

『ここはウォーターフォール市、アジャイル町』ストーリーで学ぶアジャイルな組織のつくり方 出版:翔泳社 著者:沢渡あまね・新井剛

 
元凶はさらに上流部分にあります。

このような状況を変えるには、開発・運用メンバーがお互いを理解しあい、スクラムを組んで開発を進めていく連携が必要です。そして重要なのが「開発が上で、運用が下」ではなく、双方フラットな立ち位置にならぶこと。
 

 
そのために、ロボット化した運用メンバーを再び人間に戻す。意見を言い、自発的にプロジェクトに関わる存在に戻していくことが必要になります。

そこで朝会・夕会など意見を言う場を作り、さらに最初は意見を無理やり言わせるのではなく「付箋に書いてもらう」ところからスタートし、意見を否定せず楽しく議論していくことからはじめる様が本書では描かれています。

つまり、アジャイルとはウォーターフォールによってロボットと化したメンバーの人間性・自発性を回復させるための構造改革とも言えるのではないでしょうか。
 

レガシ余談:ITはツールではなくコンサル

アジャイルへの変革を支援するツールとしてSLACK (チャットツール) の導入も検討されるシーンがあるのですが、そのSLACK導入意義を「言える化」と表現しており、ハッとさせられました。

SLACKをただのおもちゃとして捉え、導入を見送ってしまう企業が多いと聞きますが、実はSLACKは企業の一気にコミュニケーションを変革してしまう力があります。

メールでのコミュニケーションでは「おつかれさまです」などの定型文句からはじまることが常識化しています。ですがSLACKの場合、毎度「おつかれさまです」から入るのは不自然です。

つまり、SLACKを使うことで強制的に「フランクかつ、率直なコミュニケーション」文化にシフトさせることができるのです。おつかれさまです、から始まるコミュニケーションが率直なコミュニケーションにつながっていくでしょうか。体裁に沿った言葉を使わざるを得ず、何が言いたいのかわからない状況を引き起こします。結果、コミュニケーションが遅くなり、生産性が低くなってしまいます。

仮にトップダウンで「今日からフランクで率直なコミュニケーションを推奨する。みんな、フランクで率直なコミュニケーションを意識するように」と伝達されたところで文化はなかなか変わりません。ですが、

実は、ITを導入するというのは、ツールを導入するのではなく、コンサルを導入しているということなのではないでしょうか。

ERPも同じくです。ERPとは、生産性が高い企業を分析し導き出した運用方法をシステムに落とし込んだモノです。つまり、ERPには生産性向上のためのノウハウが詰め込まれており、そのまま使わないとその実利を得ることができません。

ですが、日本企業の多くはERPを自社業務に合わせてカスタマイズしてしまいました。日本企業はITをノウハウを得るモノとしてではなく、生産性向上のためのツールとして導入してしまったからです。

デジタル化で終わってしまうかどうかは、ITをそのまま受け入れるかどうかで決まってくるのかもしれません。
 

まとめ「パッと変わる改革なんてない」

 
『ここはウォーターフォール市、アジャイル町』のご紹介と、アジャイルについて改めて理解した点などについてお話させていただきました。

●アジャイルとはウォーターフォールでロボット化したメンバーが、感情を取り戻し自発的に働く状態に変革していくことでもある。
●ITはただのツールではない。企業文化や仕事のやり方を変革するノウハウが詰め込んであるモノ。そのまま活用することでコンサルを受けたように企業を変革することができる。

本書を読んだ、最初の感想は「一体なにがアジャイルだったんだ?」でした。予想に大きく反し、非常にアナログな取り組みを地道に継続していく物語だったため、なにが画期的なのかわからなかったからです。ですが、もう一度読むことで、人間関係が大きく変化していることに気づき、ハッとしました。なにか画期的な手段がモノごとを改革していると思い込んでいる自分に気づいたためです。

本書に出てくるのは、ホワイトボードや付箋、BacklogやSLACKといったITツールだけです。手段は既知のモノであり画期的なモノなどありません。それらを粘り強く活用することで、徐々に、少しずつ状況を変えていき、気が付けば文化が大きく変わっている。改革とは、地味で粘り強い活動の先にあるものなのだという気づきがありました。

短期的目線で成果を追い続けることになってしまいがちな資本主義を変革していくこともDXの一つの側面です。いま私たちは、中長期的にモノごとを変えるための活動をしているんだということを忘れず取り組むことが重要なんだと気づかせてくれる一冊でした。
 

参考:
『ここはウォーターフォール市、アジャイル町』ストーリーで学ぶアジャイルな組織のつくり方 出版:翔泳社 著者:沢渡あまね・新井剛
 

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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