ミッションの精度を見れば、DXの成否が見える。
先日、DXにおいてミッションがいかに重要かお話させていただきましたが、今回さらに、ミッションの重要性が理解できる情報を見つけたのでまとめてみました。
>前回の記事「DXの一丁目一番地。「ミッション」がなぜ重要なのか、調べてみた。」
DXはデジタル化ではない、と言われ続けているのに、デジタル化止まりのDXがなくならない現象の原因は、どうやらミッションにありそうだぞ、というお話です。
ミッションを、教訓で終わらせないことがDX
日本は、ミッション後進国です。
日本でミッションの重要性が語られはじめたのは、ここ10年。多くの企業はいまだミッションを明確に策定していません。
ミッションを明確に策定していても、ミッションと施策の関連性が薄い企業がほとんど。まだまだ日本においてミッションは「額に入れて飾られている教訓」ぐらいの存在です。
そんな中、海外ではすでに、ミッションドリブンのデジタルエンタープライズが巨大化。時価総額ランキング上位を占めているという状況です。
以前、世界の企業トレンドは、利益第一から公益第一の時代に移り変わりはじめているというお話をさせていただきました。そのため、企業のミッションが重要視されていると。
今回お話ししたいのは、海外企業はミッションを「ただの教訓」ではなく「DXの方針決めの起点としている」こと。ユーザー接点のあり方に至るまでミッションドリブンで綿密に設計することで「企業の人格」までもが形成しているという話です。
実例として、中国のアリババとテンセントは、同じペイメント・プラットフォーマーであるにもかかわらず、ミッションの違いから、まったくちがう存在になっています。
アリババは真面目な人、テンセントは遊び人
アリババは1999年に創業。ミッションは
「デジタルによって商取引を円滑にし、中小企業を支援する」
アリババは中国最強のECプレイヤーで、アマゾンに近い存在です。
テンセントは1998年に創業。ミッションは
「すべてをコミュニケーション化する」
テンセントはコミュニケーションプラットフォームの強者で、Facebookに近い存在です。
アリババは「アリペイ」、テンセントは「WeChatペイ」というペイメントサービスを提供していますが、ミッションに基づき、まったく異なる展開方法を取っています。
アリババ・アリペイは「商取引を円滑にしていく存在になる」というミッションに基づき「社会のインフラ的な存在として、ステークホルダーの悩みを紐解き、改善方法を模索することで、合理的に広げて」います。
テンセント・WeChatペイは「すべてをコミュニケーション化する」というミッションに基づき「ゲーム的な要素を取り入れ、人々のコミュニケーションを活性化するネタを提供することで広げて」います。
具体的に説明していきます。
アリババ・アリペイは「商取引における、販売者と購入者の信用を担保する役割を担う」ことで、ユーザーを増やしていきました。
中国は「相手を信用するハードルが高い国」です。最近は「信用スコア」がデファクトスタンダード化 (「事実上の標準」市場に広く採用され、いつのまにか標準化した基準のこと) し、信用スコアを上げるために良い行いをする文化が人々の間に根付き変わってきていますが、もともとは性悪説・だまされるほうが悪いという価値観の国です。
そのため、特にECでは、販売者・購入者が互いに「そっちが先に金を送れ」というにらみ合いになってしまう傾向がありました。
アリペイは双方の仲介に入ることで、この問題を解消しました。購入者はアリペイにお金を振込み、振込まれたら販売者に知らせるという流れをつくり、信用を担保する存在となることで社会課題を解消。ユーザーを集めてきました。
一方、テンセント・WeChatペイは「ゲーム感覚、遊びのネタとして使ってもらう」ことで、ユーザーを増やしていきました。
中国のお年玉は「紅包 (ホンバオ)」と呼ばれ、子供だけでなく、忘年会などで上司から部下に配られるモノです。この文化をデジタルで実装したのがWeChatと呼ばれるチャットサービスです。
WeChatで紅包をグループに送信するにあたり、紅包に包む「金額」と「山分けできる人数」を入力。10人のグループに「10,000円を4人で山分けできる紅包」を送ると、早い者勝ちで4人までがお金を受け取れる仕組みです。しかも金額はランダム。まさにゲームです。
WeChatペイを入れてる人しかお金が受け取れないため、このゲームに参加するためにWeCahtペイを入れる人が急増。まずはアーリーアダプターを狙い、徐々にユーザーを広げていくという戦略を取りました。
こうして「アリババは社会インフラを創るマジメな企業」「テンセントは世の中にエンターテイメントを届けるユニークな企業」という風に、ユーザーから「この企業はこういう人格」というのが認識されるようになります。
余談ですが、2022年現在の時価総額ランキングは、テンセントが12位・アリババが23位。テンセントの収益の半分以上がゲーム制作によるモノなので一概には言えないですが、エンターテイメントの強さを感じます。
人格を感じられる企業が生き残る
もちろん海外の企業すべてがミッションに忠実で、人格を感じるぐらいまでコンテンツを研ぎ澄ませてサービス展開しているわけではありません。ですが「他社の事例を模倣」するだけのプレイヤーは市場から消えていく傾向にあるようです。
デジタル施策は即立ち上げられるという強みの裏に、即模倣できるという弱点があります。つまりデジタル時代はさらに「模倣できないモノの価値が高く」なり、ミッションに準じて中長期的に出来上がる「法人の人格」が重要になってくるということです。
ちなみに日本も、テレビ・雑誌・メディアなど、コミュニケーションコンテンツをビジネスとする企業はそれぞれの人格が感じられますが、おのおの差別化を考えた編集方針を持ち、人格作りを意識的に行っています。
そして、人格が現れはじめるとファンが生まれはじめます。たとえばテレビ東京は、各局がおなじニュースを追ってる中、アニメを流していたりなどする唯我独尊なスタンスがウケ、コアなファンが多い局になっています。
DXにより、企業のコンテンツ発信力が問われる時代に突入します。「人格を持つ企業と持たない企業」がくっきり分かれ、持たない企業は「ただ働いてお金をもらうだけの施設」と化し、淘汰されていくのではないでしょうか。
信じるものを渇望する時代
ミッション後進国日本と言いましたが、そんな日本でも「ミッションに共感して入社した」という転職者は増えています。ミレニアル世代に限ったことではなく、全年齢層に感じる傾向です。
これは「大きな物語から小さな物語の時代に」なっていることが関係しています。
ほんの少し前まで「大きな物語」の時代でした。大きな物語とは、社会全体として「これが正しい」とされる価値観が固定化されており、人々が、生きていくための方向性などについて思い悩むことが少ない状況のことです。
いい大学・いい企業に行けば将来安泰。終身雇用で生涯イチ企業に勤めるのが当たり前。かつテレビの影響などにより「冬はスキーに行く」など余暇の過ごし方なども共通イメージがある。「がんばっていればどうにかなる」と、大きなテンプレートを信じていれば良かった時代。
ですが、ネットの登場によって、この大きな物語は崩れていきます。
突然、実は、人は皆さまざまな価値観を持っていることが明るみになることで、みんなが共通で思い描いていた大きな物語は実は幻想だったことが分かり、崩壊。みんな共通の「大きな物語」の時代から、一人一人自分の物語を生きていく「小さな物語」の時代がはじまります。
これは、大きな物語によってある意味飼育されていた人々が、小さな物語によって放牧されるイメージ。突然、一人一人が、生き残るために自分が信じたいものを考え、取捨選択・行動し、生きていくことを余儀なくされてしまいます。
このような時代、燦然と輝くのは自分が信じたいと思えるミッションを提示している他者です。どこに歩いていけばいいかを示してくれる指針であるミッション。お金以上の価値を感じる人が増えているのはこういった時代背景からです。
実際は、昔からミッションを持つ企業に有能な人が集まってくるという傾向はありました。その有能な人たちが、昔は大きな物語からズレている変わり者であり、少数派だった。それが、小さな物語の「一人一人が変わり者」の時代になり、一般化してきたということではないでしょうか。
まとめ「DXの前に、MX(ミッショントランスフォーメーション)」
以上、前回の記事の補足として、ミッションの重要性について再度お話ししました。
●日本はDX後進国である前に、ミッション後進国だ。
●海外では、DXによって、ミッションを忠実にユーザー体験化している企業が「人格化」を成功させ、生き残っている。
●大きな物語から小さな物語の時代になり、さらにミッションの価値が高まっている。
DXとは、ミッションで「心」、テックで「態度」をつくり会社を人格化していくこと、という言い方もあるかもしれません。
DXがトレンドワードとなり、どこからどこまでが本質で、どこからどこまでが時代に踊らされているのか、その見分けがむずかしくなっています。
先日楠木建さんの講演でも、人はその時代のあおり情報に踊らされて本質を見失う歴史を繰り返してきたというお話がありました。唯一重要なのは「長期的利益を生み出す戦略を考えること」であると。
短期的目線も重要視しながらも、長期的目線に目を向ける。長期的目線で物事を考える上で重要なのは「移り変わる手段に踊らされない、本質的な価値を見極めること」です。
つまり、AIを使い作業効率を上げる前に、自分たちの会社のミッションを見つめなおすこと。時代の流れに対応する力を養いつつも、時代が変わっても変わらない自分たちの本質を見つめなおすことこそ、いま最もやらなければいけないことなのではないでしょうか。
ちなみに、楠木さんの講演で面白かったのが、明治維新から1980年まで「人口増加が諸悪の根源」と騒いでいたというお話。実際、南米や満州に移住するムーブメントまで起きていたそうです。いま、少子化による人口減少が騒がれていますが、その頃からすると良い方向に進んでいるはずなのに問題視されている。いい加減なものです。
時代の流れは読みつつも、時代に流されない企業を作る。そのために、企業の成り立ちの系譜を読み解き、自分たちの本質を探し碇をおろす。アナログですが、これもまたDXの立派な活動の一つです。
参考:アフターデジタル2 UXと自由 日経BP 著者:藤井 保文
執筆者
リビルダーズ編集部