DXナレッジ

WEBマーケティングの観点から見える、DXの落とし穴。

 
デジタル人材に必要な能力とはなにか。

データ分析力だ、トランスレーターとしての翻訳力だ、と定義が年々変わっておりいまいち明確な指標がない状態が続いています。

一点、言えることは、オンラインを主戦場の一つにしていく以上「WEBマーケティングを的確に行えること」は必須能力であるはずです。

言われなくてもすでにWEBマーケティングに取り組んでいる、アナリティクスを駆使してWEB広告のABテストなどを行っている、オウンドメディアもやっている、という企業は多いと思います。

ですが「本当に効果あるのだろうか」と思ってしまうようなWEB広告やオウンドメディアが乱立している状況を見ると、本質的なWEBマーケティングが出来ている企業はまだ少ないのではないでしょうか。

そんな現状に警鐘を鳴らしている一冊に出会いました。

『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』出版:実業之日本社 著者:木下勝寿

こちらの本を読むと、世の中のWEBマーケティングがいかにテクニカルスキルだけで回しているかがよくわかりますのと当時に、即席DXがもたらす未来の弊害が見えてきます。
 

世の中のWEBマーケターの大半はデジタルオペレーター【本の概要】

 
本書は、資本金1万円から1人で創業した会社を、独自のWEBマーケティングによって東証プライム上場企業にまで育て上げた著者・北の達人コーポレーション代表 木下 勝寿さんが書いた、結果を出すWEBマーケティングノウハウが惜しみなく紹介されている本です。木下さんはEC業界では非常に有名な方です。

本書の主張は「世の中に普及しているWEBマーケティングはただのデジタルオペレーションである」ということ。

WEBマーケティングには「ファンダメンタルズマーケティング」と「テクニカルマーケティング」の2種類が存在しており、テクニカルマーケティングばかりが偏重されていることに対し警鐘を鳴らしています。

「ファンダメンタルズ」「テクニカル」は元々、金融・証券用語で、ファンダメンタルズ投資・テクニカル投資として区別されています。

ファンダメンタルズ投資とは、対象企業の業績や債務条項、経営者の資質などを見て将来性を分析することです。

テクニカル投資とは、対象企業そのものではなく、対象企業の株価の値動きから将来性を分析することです。

実際、ネット証券の誕生によって株式売買の手数料が安くなり、細かい値動きの変化によって利益を得るテクニカル投資はますます盛んになり、テクニカル投資専門のデイトレーダーも年々増加しています。

この傾向はWEBマーケティングの世界でも起きています。

ファンダメンタルズマーケティングは、対象そのものの魅力、ペルソナ、インサイト分析などを行いコミュニケーション設計する方法です。いわゆる従来のクリエイティブ方法論とも言えます。

対するテクニカルマーケティングは、クリック率、遷移率、購入率、キーワードなど数値分析できるデータのみを見てコミュニケーション設計する方法です。

テクニカルマーケティングは、クリエイティブや対象 (モノ・サービス・企業など) をくわしく知らなくてもある程度結果を出すことができる手法であることから、WEBマーケティング会社の多くはテクニカルマーケティング領域から出ようとしません。

ですが、テクニカルマーケティングの弱点は「そもそもすでに売れている対象」ではじめて成り立つ手法であるということ。

もちろん、DX以降の世界は、良くないモノ・サービスを広告の力だけで売れるようにすることはネガティブであるため、テクニカルマーケティングだけでも良い、という考え方があるのかもしれません。ですが、良いモノ・サービスなのに、売り方が難しくて売れないモノはどうすれば良いのでしょうか。

売れているモノ・サービスというのは、世の中のニーズに合致しているから売れているのであり、本質とは関係なく売れているケースも往々にしてあります。本質を伝わる化し、売れるようにしていく努力はテクニカルマーケティングだけで追求することはできません。

本書はWEBマーケティングは、テクニカルもファンダメンタルズも両方必要である旨がしっかり説明されている内容になっています。
 

属人化の排除が、オペレーターを増やしていく要因に

本書を取り上げたかった理由は「属人化の排除が、デジタルオペレーターの蔓延につながるのではないか」と感じたからです。

デジタル化の目的の一つに属人化の排除があります。経験者の経験・勘に頼るのではなく、データによってビジネス予測を立てることで、確実に成果を得ることができる仕組みを作り生産性を高めよう、というのがデジタル化の一つの目的になっています。

本書で主張しているファンダメンタルズマーケティングは、従来のクリエイティブ思考に基づいた能力が必要になり、心理学などの観点も交えながら「このクリエイティブは人に刺さる・刺さらない」などの目利き力も含まれてくるため習得に3~5年はかかると説明されています。

いわゆる、データ分析だけでは測れない「センスの養成」も必要であり、結局属人的な能力を必要とします。

ですが、デジタル化が目指す属人化の排除とは「経験者がこなしていた業務を、経験を積んでいない人でもできるようにすること」を指してます。時間をかけセンスを磨くという工程を飛ばす、ということです。

仮に同じデジタルオペレーションの力だけでやっていけたとしても、オペレーター同士の競争は同じロジック・同じテクニックでの競争なので、あっという間にコモディティ化します。

DXは「人間は人間にしか出来ない仕事に時間を集中させること」という定義もあります。それならば、属人的な能力を要する仕事は残るし、価値の向上にもつながるので問題はありません。

ですが、人は易きに流れる生き物です。デジタル人材とはファンダメンタルズとテクニカル両方の能力の養成が必要だという認識を強く持たないと、肩書はWEBマーケター・実態はデジタルオペレーターが量産され、今以上に本質的に良いモノ・サービスが生き残ることが出来ない世界が実現してしまうでしょう。
 

ファンダメンタルズが重要なのは、マスよりWEB

 
では、ファンダメンタルズマーケティングとは一体なんなのか、ポイントだけ絞ってお話します。

ファンダメンタルズマーケティングとテクニカルマーケティングの関係性を図にすると下記になります。
 

引用:『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』出版:実業之日本社 著者:木下勝寿 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
ファンダメンタルズマーケティングの一部としてテクニカルマーケティングが存在するという位置づけになります。

その中で ”「誰に」×「何を」” の部分がコンセプトワークとなり、ファンダメンタルズマーケティングの領域です。

”「どう」” の部分がクリエイティブで、コンセプトワークから作るクリエイティブはファンダメンタルズ、広告配信結果のフィードバック・他社の成功事例・アンケートデータなどの定量情報から作るクリエイティブはテクニカルとしています。

広告運用の部分でも同様に、コンセプトワークをもとにしたターゲット・配信時間の設定はファンダメンタルズ、広告配信結果をもとにした設定をテクニカルとしています。

つまりテクニカルマーケティングで抜けてしまうのは

①情報収集(工数の9割以上がここ)
②コンセプトワーク (競合調査によるUSPの洗い出しも含まれる)
③コンセプトワークからのクリエイティブ
④コンセプトワークからのターゲット設定・配信時間設定

実際①②は特に抜けてしまうところです。WEBマーケティング企業は、一つのプロジェクトの単価が安いためたくさんのクライアントを回す必要があり、①情報収集を綿密に行っている時間がありません。①を最低限にすると②もおざなりになり、③④も抜け落ちます。

さらにWEBマーケティング企業のやり方が「WEBマーケティングのプロのやり方」として書籍などになり流通することで、テクニカルマーケティングのやり方だけが世の中に出回ってしまうという負のループが発生しています。

自社内でも同じく①②がおざなりになります。①②に取り組む時間も、評価も得られないためです。こうして、ファンダメンタルズの本質部分が抜け落ち、テクニックだけで作られた似たような広告・コンテンツが蔓延するという流れです。
 

マス広告クリエイティブの真似もダメ

ファンダメンタルズはまさにCMなどマス広告のクリエイティブで実行されてきた基本的なメソッドです。

ですが、マス広告とWEB広告のちがいは「即比較されること」。マス広告はブランドイメージの醸成が先行するので「なんかいいな」と思ってもらえれば良いのですが、WEB広告はいいなと思ってもらってもすぐに比較されます。代々木ゼミナールの「志望校が母校になる」というキャッチコピーが事例として本書で紹介されていますが、キャッチコピーのクオリティは非常に高いですが、どの予備校でも言えるためWEB広告のキャッチコピーとしてはNGになるということです。

実は、マス広告では「細かい差異をキャッチコピーにしてはいけない」という暗黙のお作法があります。伝えることが細かければ細かないほど、ピンと来る人の人数が減り、費用対効果が合わなくなるからです。

もちろんWEB広告であろうと、ターゲットニーズと関係ない細かすぎる差異を伝えることはNGです。ですが、マス広告よりも細かく広告を見る人を絞ることができるWEB広告は、マス広告よりも細かい差異を伝える必要性が出てきます。

たとえば葛根湯。薬局に行くと、葛根湯だけで二十種類以上が並んでおり、値段もピンからキリまでありますが、表示されている効果は全て同じです。葛根湯が欲しいと思っているターゲットからすると、知りたいのは違いです。

マス広告では、葛根湯が欲しい人をターゲットにすることができません。不特定多数が見る媒体であり、費用対効果を考えれば、葛根湯が欲しいターゲットではなく、風邪薬が欲しいターゲットに広げてアプローチしなければなりません。

ですがWEB広告の場合、葛根湯を欲しいターゲットに絞って広告を打つことが可能です。なぜなら、葛根湯の情報が載っているページに訪れている人に絞り込んで広告配信することが可能だからです。逆に風邪薬が欲しいターゲットに配信すると、葛根湯というジャンルの良さを啓蒙することからスタートする必要が出てくるため、広告の精度が落ちます。

そもそもWEBとは「さらにくわしい情報が書かれていることが価値」である媒体です。WEB上では、マス広告の大枠コンテンツ表現は合わないわけです。

WEB広告の方がさらに綿密な情報・ターゲット設計・コンセプト設計が必要になってくるわけですが、上記でお話したように①情報収集②コンセプト設計にかける時間・評価が得られないため、WEB広告ならではの広告表現がまだまだ世の中に出回っていない。

そして、この状況を認識しなければ、デジタルオペレーターしかいないDXが完成してしまうということです。
 

まとめ「たしかにDXは企業変革だ」

 
デジタル人材に必要な能力について、WEBマーケティングの切り口でお話しました。

●現状、世の中のWEBマーケターのほとんどがデジタルオペレーター。
●デジタルオペレーターに欠落しているのは、ファンダメンタルズマーケティングの観点。
●特にWEBこそファンダメンタルズマーケティングの観点が重要。習得に時間がかかるからと言っておざなりにすると、ツールを使うだけのデジタルオペレーターしかいないDXが出来上がってしまう。

今回、WEBマーケティングの話をDXの話題として取り上げたかったのは、デジタル化とDXとの距離感が明確になる題材だと感じたためです。

今回の話で言えば、ファンダメンタルズマーケティングの能力を磨くことが必要で、それはテクニカルな能力だけ磨いても到達できないということが一点。

もう一点は、ファンダメンタルズマーケティングの能力を磨くにあたり、企業は情報収集やコンセプト設計に価値があることを理解し、そこをその分の時間を与え評価できる企業体に変化していかなければいけないことがポイントでした。

人も企業も考え方を変えなければならず、そういったことを踏まえDXは企業変革であると言っていることがわかると思います。

また、多くの企業が「広告はお金がかかるからやらない」と、無料でできるオウンドメディアのような施策をはじめますが、無料施策は中長期的に取り組まなければ成果は出ません。そのことを理解せず短期で見切りをつけるといったスタンスも変革できなければ、DXを成しえることはできないでしょう。

デジタルツールを使いこなすには考え方を変えなければいけない。ツールを今の考え方に寄せて変えているようではDXは成しえないということです。
 

参考:
『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』 出版:実業之日本社 著者:木下勝寿

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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