DXナレッジ データ基盤

アジャイル思考でデータ基盤構築を完了した東急コミュニティー、次なるステップ「成果実証」フェーズへ

株式会社東急コミュニティーは、マンションやビル、商業施設、公共施設の管理、改修工事やリフォームなど多岐にわたる事業を展開する業界トップクラスの総合不動産管理会社です。

同社では、IT部門がデータを集計し各部門へ提供する等の集中的なデータ活用から、事業部門自らデータを取得し活用できるような「データの民主化」を構想しており、そのための第一歩としてデータ基盤の構築を精力的に進めています。

リビルダーズの記者が訪問した2024年7月時点には、データ基盤構築がほぼ完了しており、本格的なデータ活用を通じてその効果を実証していくフェーズに移ったとのことです。データ基盤構築を成功に導いた背景には、下記の二つの壁を乗り越えたというポイントがありました。

 ・いかに事業部門からの信頼と協力を得るか
 ・データ基盤整備のための高コストに対して上層部からどう理解を得るか


本記事では、データ基盤の構築を成功に導いたキーマンのお二方に、上記のプロジェクト成功のポイントについて伺いました。(REBUIDERS編集部)

▼スピーカープロフィール
山田 大貴  (やまだ ひろき)
株式会社東急コミュニティー 経営戦略統括部 グループIT推進部 マネージャー
データ基盤・活用プロジェクトの進捗管理を担当

大竹 進之介 (おおたけ しんのすけ)
株式会社東急コミュニティー 経営戦略統括部 グループIT推進部 主幹
データ基盤・活用プロジェクトリーダーを担当

W.S
株式会社情報戦略テクノロジー DX推進1部
大竹氏の右腕として参画。企業のデータ活用、データマネジメント領域のスペシャリスト。

現場のエクセル業務にメスを入れた

ーーー データ基盤を作ることになったキッカケは何ですか?

(大竹)

当社のメイン事業である不動産管理業務において、都度リクエストに対応している一過性でのデータ活用の状況に対して、「これ、宝の持ち腐れじゃない?」という意見は以前からありました。さらに、データ基盤構築やデータ活用の必要性が叫ばれる世の中になってきていることもあり、より迅速に効率よくデータ活用できる環境の必要性を感じていったというのが背景です。

情報戦略テクノロジー(以下、IST)の W.Sさんには、2019年8月からデータ活用のアドバイザーとして参画していただきました。BIやデータ基盤、データ活用に関わるユーザーインターフェースの選定から運用保守までと、お願いすることも徐々に増えていき、今では当社の社員と同じように現状を把握し課題解決に向け動いていただいています。

当社が掲げている「データの民主化」(=“データを必要とする社員が身近に使えて自由に分析できる状態”)も当初から構想があったわけではなく、ISTさんと一緒に業務課題に対応していく中で徐々に輪郭がはっきりしていきました。

ーーー データ活用の案件について、具体的なエピソードを聞かせてください

(大竹)

一番大きな成果があったと感じたのは、管理マンションのデータ活用です。これまでは、Excelファイル上で対象の部門・物件ごとに入力および進捗管理を行う、といったフローを経て、数値を吸い上げて集計していました。入力するのが人ですから、もちろん誤入力等のリスクを含んでおりました。

そこで事業部門側に提案したのは、各担当者が個々にExcel入力していた業務を、ローコード開発ツールを使って開発した簡易アプリを用いてDBで一元管理し、そのデータをBIツールを使って集計するデータ活用案です。これにより、入力から報告まで一気通貫でデータ活用ができるようになりました。

また、BIツールのデータ集計部分の進行はW.Sさんに注力いただきました。経理や経営企画など各部門が集計した結果を見て予算の状況を確認できるようにするために、ツールの設計から開発、運用保守までを現在も担当していただいています。

他にも、当社の会計情報の予算と実績情報を基に収益を分析したいとの要望もありました。それらの要望に応えていくことで、利用価値の高いデータが集まってきたのが現状です。このデータを一時の利用に留めてしまうのはまさしく宝の持ち腐れという感覚があり、社員にも有効に活用してもらえるよう、データ活用基盤の構築を進めていくという判断に至りました。

東急コミュニティー 大竹氏(大手SIベンダー出身のITスペシャリスト)

現場の工数削減と効率化を実現するため、泥臭く取り組む

ーーー ボトムアップ型でプロジェクトを進めた背景を教えてください

(大竹)

複数の部署からリクエストが来た時に、これは同じデータが使えるなと思うことがありました。自由にデータを取り出せる環境さえあれば、業務の効率が上がる可能性があるなと。一方で業務のシーン毎に必要なデータが変わる場合もあります。その度にどのデータを使うかを考えながら活用するのは、非常に非効率です。

また正しいデータなのか分からないまま、データ活用を行わないよう、使用可能なデータを集約し、みんなが安心して使えるようにすることが必要不可欠だと考えました。状況を総合的に考えた末の一つの解がデータ活用基盤でした。

グループIT推進部(以下、IT推進部)にデータ活用の要望を出さなくても個別で解決できるよう「データの民主化」を推進することで、少しでも多くの社員にデータを活用していただき、リテラシーを向上させること、IT推進部でもデータ抽出や加工などのコスト削減を図っていくことが狙いです。

また、データ活用のユースケースとしては我々だけでは分からないので、事業部門へヒアリングを行い、活かせるところがないかを確認していきました。集計や報告など、日々の業務の中で手間がかかっている作業や、恒常的に毎月行っているような作業はないかを聞き出し、それらの業務がデータ活用によってどれくらい楽になるのか、メリットを伝えることを意識しました。

私としても、事業部門の方々にいかに協力いただけるかがプロジェクトのスムーズな進行につながると考えていました。そのため、現場の工数削減と効率化を重視し一つ一つ取り組みながら、どのようにプロジェクトを進めることが最適であるかを学んでいきました。

アジャイル的な動きの積み重ねが結果的に事業部門からの信頼を得ることになり、良好な関係性を築くことができたのだと思います。「IT推進部に相談すれば何かしてくれる」という空気感を常に出してきたつもりです。このようなやり方は間違っていなかったと思います。

「作ったけど使ってもらえない悲劇」の対策法

(山田)

データ基盤構築まで、さまざまな課題をクリアしながら進めてきました。データの品質が良くないのであれば品質を改善した上でデータを蓄える、データウェアハウスにデータを集める、といった準備工程が一区切りして、次は具体的な活用事例を作っていくフェーズになりました。

我々は現場業務を担っているわけではないので、IT推進部が主体となって現場業務の改善を引っ張っていく進め方は難しいところがあります。そこで、各事業部門からの相談や、こちらから「何か困りごとはありませんか」と問いかけを行い、課題を抽出して対応していました。

事業部門側が熱意を持って「これを改善したい!」というようなスタートであれば良いのですが、我々から「何かありませんか?」みたいな聞き方から始めると、「こんなことができたらいいな」といった、漠然とした回答が出てきます。我々も対応はしていくのですが、最終的な活用イメージができていない中で漠然とした要望に対応すると、作ったものが使われない悲劇になってしまうことが何度かありました(苦笑)。

やはり現場が本当に必要としているものに対してアプローチをしないと、「使われない」「効果が出ない」ものが出来上がるという感触が案件対応をしていく中で見えてきました。それを踏まえ、事業部門側からの要望に対しQ&Aをまとめ、ヒアリングの質を上げていきました。例えば「これをやることによって業務にどういった効果がありますか?」などのヒアリング方法をフォーマット化し、明確なゴールと想定効果を見据えた上で対応していく進め方に変えました。これにより案件の優先順位が明確になり、限られたリソースで作るべきものを作ることができ、結果「使われる」という状態を実現することができました。

当時、コロナが流行っていたこともあり、対面での打ち合わせは非常に難しくなっていました。コミュニケーションが取れていない案件は失敗しがちな傾向があったことから、WEBで利用できるコミュニケーションツールを駆使しコミュニケーションの密度を上げることを意識していました。

(W.S)

作ったものが使われないことが大きな課題としてある中で、どうしたら使ってもらえるかを意識していました。ヒアリングシートやテンプレートを作った結果見えてきたものは、「あったらいいな」よりも「今こういう業務をやっていて、もうこれがないと業務が回らない」という事象に対し、データ活用で支えてあげれば確実に使われるものになるということです。

例えば、毎月の会計情報を即座に利用できると業務にこんなメリットがあるなど、業務改善をするのであればどのように業務に組み込めるのかに目線を向けて、事業部門側が利用したいという要望を具体化していくこと。また、それによってどれほどの方が助かるのかという視点も大事です。数人しか影響がないというものより、多くの方が使っているものに取り組む方が効果的です。そういった視点で要望を聞き出して、具体的に落とし込んでいくことが大事だと思います。

また必要なデータを提供するにあたり、データ基盤を整える以前は依頼毎にデータのメンテナンスを行い集計する、といったことを行っており、非効率な状況がありました。こうした状況を改善するために、データマネジメントの基礎を学び、ベストプラクティスに基づいてデータ基盤を構築し改善していく必要があると考えました。

データ基盤の必要性を伝えるにあたって、データマネジメントの考え方が知識体系としてまとまっているDMBOK(Data Management Body Of Knowledge=データマネジメントの知識体系)があるので、それを我々自身も理解しつつ、この必要性を経営層をはじめとする社内にも伝え、一緒に勉強することを啓蒙、実施していきました。

(大竹)

DMBOKは600ページほどのボリュームがあるドキュメントにまとまっているのですが、W.Sさんには講師としてIT推進部のメンバーに対してのインプットを後押ししてもらいました。時には「このページだけは事前に読んでおいてね」と宿題も適度に出してもらいながらでした(笑)。日々の業務の合間を縫っての勉強ではありましたが、私としては大変楽しい時間でしたし、新しい知識を得ることに対する抵抗感はありませんでした。

情報戦略テクノロジー W.S氏 (写真右奥。プライベートでは一男一女の父。育児の傍らデータ活用分析やプロジェクト管理の読書に勤しむ。)

ツール利用を定着させるために必要なこと

ーーー うまくいかなかったとき、どんな工夫をして打開しましたか?

(大竹)

先ほど山田から話があったように、想定される効果がどれくらいあるのか、ゴールを明確にするヒアリング方法をテンプレート化して事業部門側からの要望をふるいにかけたことが成果に繋がっています。

事業部門側からの要望を明確に聞き出すことができれば成功確率は高いのですが、もう一つ大事なことがあります。それは、さらにその先の展開ができるかどうかです。

我々からみたユーザーは、社内の間接部門の方々になるのですが、間接部門の方々は、さらにその先にいる現場担当者に対してデータ活用をしてほしいと考えています。現場担当者が確実に正しいデータを展開できるのかというところまで、我々(IT推進部)が踏み込まないと、結局作ったけど使われないという悲劇が起きてしまいます。

そのため、事業部門側の作りたいという思いを最初の段階からふるいにかけて、「これだったら大丈夫」と思ってスタートしたとしても、現場担当者に定着させるのはさらに難しいです。そのため、展開の仕方や、アクセスログを見て利用状況をウォッチしながら働きかけるなど、踏み込んで事業部門側と伴走することを提案したりもします。定着化を見据えると必然的にそこまでやることが必要になってくると考えています。

データ活用の伴走パートナーを選ぶときのポイント

ーーー パートナー企業を選ぶポイントは?

(大竹)

データ活用となると、「データ活用のエンジニアよりも、システム構築やプロジェクトの経験をされているW.Sさんのような方が理想です。我々のケースにおいて上手くいったと思っているのは、W.Sさんがユーザーの要件を引き出したり、インフラ面の知見など総合的なITスキル、知見がある方だったことです。我々にとって、そういったパートナー様にデータ活用を伴走いただいたことは、ありがたかったなと思います。

(山田)

契約形態が請負契約ではなく準委任契約なので、こちらから明確に具体的な指示を出して成果物を求めるのではなく、「ゴールに向けて業務を進める過程」を大事にしていました。パートナー企業を選定するポイントとしては、要件を理解して自分なりに解釈して進められる方や企業を重視しています。 ISTさんがヒアリングにいらしたときに同行されていたW.Sさんには色々と相談に乗っていただきました。パートナー企業を選定するにあたり、どのような人材が在籍されているかや、当社とのフィット感を慎重に確認しました。

(大竹)

属人化が進むと、担当者交代の際、業務が継続できなくなるリスクがあるため、パートナー企業を選ぶ際は、継続してパフォーマンスを発揮いただけることがとても大事だと思っています。長く続けていく案件であればあるほど、企業単位での関係が大事だと思います。

また、最終的なゴールが明確に決まっている場合は、請負契約でスタートすればよいですが、我々が求めているのは一緒に考えながら進めていただける仲間なので、契約形態を考えても準委任契約の方がふさわしいですね。ウォーターフォール開発であったとしても上流工程を任せるならやはり準委任契約がベターかと思います。 ただ、明確にゴールを見据え、スケジュール感や目的意識が合っていないと達成できなくなるので、信頼して業務をお願いできるかを綿密にすり合わせながらやっています。

経営層へのコスト説明は、いかに根拠を示せるか

ーーー コストは当然つきものですが、経営層からの理解はどうやって得たんですか?

(山田)

コストの妥当性について経営層からの確認がありました。準委任契約としては、半年や三ヶ月単位で更新していくことになりますので、年間で見ると相応のコストが発生します。

経営層からはコストの内訳と必要性を説明するよう厳しく言われてきました。特に基盤構築の工程は成果が見えづらく、コストをかける必要性が伝わりにくいのだと思います。 そのような中でも、ISTさんに発注するコストの稟議は通しやすかったです。その理由は、W.Sさんの作業状況はとても透明性が高く、頻繁なコミュニケーションにより、明確な状態だったからです。W.Sさんが取り組んでいる業務と必要性を把握できているので、経営層に対し根拠ある説明を行うことができました。

(大竹)

W.Sさんは常に、工数をかけることによってどのようなアウトプットが得られるのかを、プロセスも含めてオープンに共有してくれるので安心感がありました。

データ活用は絶対必要であることを経営層含め周知の状況下で取り組んできましたが、しっかりと効果を刈り取れるのか?という見方に変わりつつあるなと感じていますので、これからその効果を示していかなければならない時期だと思っています。

チームを結束させる心理的安全性をつくりだした取り組み

ーーー IT推進部内のチームの結束力を高める取り組みがあれば教えてください

(山田)

当チームでは、週次の進捗報告をしています。その中でフリートークの時間をあえて作っています。最近行ったカフェの話や一つで完結する調味料の話、投資についてなど、メンバーの個性が出て結構盛り上がります。

始めたきっかけは、進捗報告の会議が管理職主導でコミュニケーションが一方通行になりがちでメンバーが自由に発言できる場になっていないと感じたからです。

まずはフリートークという形式で発言することへのハードルを下げました。 効果が表れはじめ、抱えている問題を「ちょっと相談に乗ってください」と気軽に話してくれるようになりました。

東急コミュニティー 山田氏(大手SIベンダー出身)

(大竹)

人となりや考え方など相手を知ることで、業務で困った時に相談しやすくなります。私は当初、ちょっと面倒くさいなと思っていたのですけど(笑)。みんな自由な発想で取り組んでいるので、心理的なハードルやストレスを感じない活動になってきたと思います。

データ活用はグループ総力戦のフェーズへ

ーーー データ活用の今後の展望について教えてください。

(大竹)

東急コミュニティーは東急不動産ホールディングスグループの一員で、マンションやビル、商業施設や公共施設の管理や工事を行っています。お客様へのサービス品質向上や顧客体験の向上、取引先企業とのお取引に発生する業務の効率化など、グループ間で相乗効果を高めることが求められます。

お客様情報を管理していますので、大前提としてお客様からの同意を得ながら進めています。まずは守りの活動として、組織内外でガバナンスが効いたセキュアなデータシェアリングができるデータ管理プラットフォームを、ISTさんにもご支援いただきながら採用しました。

今後については、ここまで作りあげてきたデータ基盤を使い、グループ会社と協業し共同利用を行うことでデータ活用を進めていきたいと考えています。データマスキング機能もあり、セキュリティ要件が満たされているデータ管理プラットフォームで、守りと攻めをバランスよく実現できる環境を作ることができたと思います。

(山田)

ある程度データ基盤が完成したこともあり、実際のユーザーに周知・展開をしていく取り組みを始めています。具体的には、データ活用基盤とは何か?といったことから、それを使って何ができるのか?どういうツールがあるのか?など、ポータルサイトを使ってユーザーに周知を図っていきます。

データ基盤をご利用いただくことによって活用事例を作っていき、それをまた周知・展開していく予定です。最終的には実務担当者が自分の業務に必要なデータを能動的に取得し、そのデータに基づいて各業務の意思決定を行えるような仕組みづくりを進めていきたいと考えています。 さらには、経営的な数値を、紙資料に固定された数値ではなく、動的に分析軸を切り替えながら多角的に分析できる仕組みを構築していきたいです。そのための基盤づくりやデータ集めはもちろんですが、我々もスキルアップを図り、データ分析を行い、経営課題を解決していくようなデータサイエンスの領域にも踏み込んでいかなければいけないと考えています。そして、東急コミュニティーグループ全体でシナジーを高め、「データの民主化」の本格展開を目指していきます。

■ 会社概要 ■
会社名 : 株式会社東急コミュニティー
代表者 : 代表取締役社長 木村 昌平
所在地 :東京都世田谷区用賀四丁目10番1号 世田谷ビジネススクエアタワー
設立  :1970年4月8日
URL  : https://www.tokyu-com.co.jp/

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