「人々はもうリアルにいない。オンラインに移行をはじめている。」
だから、DXによって企業をデジタルエンタープライズ化していく必要があるんだ。そんな誤解が広がっているように感じます。
たとえば、DXレポート『対話に向けたポイント集第一章』のこの図。
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オフラインの世界にはもう人がおらず、デジタル世界に移行しているような「イメージ」を掻き立てられるイラストです。
あくまで「イメージ」ですが、このズレたイメージが「いや、なんでもかんでもIT化すればいいってもんじゃないでしょ。リアルが重要でしょ。」という想いを引き起こす元になっていたりしないでしょうか。
今回はこの「オフラインから人がいなくなるからDXが必要」というイメージのズレを補正する情報を調べ、まとめてみました。
「オンラインかオフラインか」ではない
「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が悪さをしているのか「これからはデジタルが主役・リアルは二の次」というイメージが広がっている印象があります。
DXが進んでいる海外の事例を見ていくと、このイメージは明らかにズレています。売上の多くは依然としてオフラインであり、オンラインで得たデータをもとにいかにオフラインを高速改善していくかに焦点が当たっているのです。
世界のEC化率は20%以下・日本は一桁台
人々がオンラインに移行しているかどうかの指標として「EC化率」があります。
EC化率とは、すべての購買に対するEC購入の割合です。世界全体でも年々上がっていますが20%が天井になりそうだと見られています。
BtoCのEC化率は、アメリカが2020年時点で14.5%。アメリカは日本と違い土地が広く、車を使わないとショッピングセンターなどにたどり着けない環境であるため、EC利用率は比較的高い国です。ですが、20%以上に到達するのはまだまだ時間がかかりそうです。(下記表、21年以降のアメリカのEC化率は予測)
日本は、2019年時点で6.76%。歩いていける場所にスーパーやコンビニがある環境であることから、EC化率は世界でも低水準。10年以上前と比べると3倍以上伸びていますが、2%台がやっと6%台になった程度です。
ちなみに世界平均で見ると、22年には20%を超えるだろうと予想されています。実はこの平均値を釣りあげているのが中国です。
上記図が中国のEC化率になりますが2019年時点で36.6%。23年には60%を超えるだろうと予測されています。中国だけがなぜこんなにもEC化率が高いのか。これにはからくりがあります。
オフラインを獲りに行った中国・フーマー
中国EC市場で圧倒的な存在であるアリババもやはり、EC化率20%の壁にぶつかっていた時期がありました。ECだけではやはりシニア世代の獲得ができなかったのです。
そこでアリババは「オフライン・残りの80%を獲りに行く戦略」を開始。OMO (オンラインとオフラインの垣根をユーザーに感じさせないマーケティング。「Online Merges with Offline」の略称。) 型スーパー「フーマー」を展開し、2018年には100店舗・140億元(1元=15.4円で換算すると約2156億円)の売上獲得に成功しました。
フーマーを一言で言うと「オンラインで注文すれば、自宅にすぐ届けてくれる近所の市場」です。一般的な市場と違うのはオンラインで注文を受けつけ、即配達してくれる点です。
店内にはオンライン注文を受けるスタッフがたくさんおり、注文を受けたら生簀から魚をピック。壁から天井を走るベルトコンベアに魚を乗せ、数分で配送スタッフに送ります。この流れで、市場水準の生鮮食品をあっという間に自宅に送り届けるという仕組みを構築しています。
また、お店で買って持ち帰ることも、自宅に届けてもらうこともできます。このオンラインとオフラインを完全に融合させたビジネスモデルは「ニューリテール (新しい小売り)」と呼ばれ、OMOの理想的な形であるとして注目されました。
その後、アリババ以外の企業も参入したことが、中国のEC化率を一気に引き上げた要因になっています。
ちなみにOMOは日本でも注目されているビショッピング形態ですが、オンラインとオフライン両方の手段を整えただけの「OMOもどき」が増えているようです。
OMOとは、ユーザーにオンラインかオフラインかを意識させないことを指します。手段を整えただけではOMOとは言えません。「ECで買って店舗ですぐに受け取れる」「店舗で買ってあとで配送してもらう」などが柔軟にできなければOMOではないのですが、社内でオンライン事業部とオフライン事業部がありそれぞれKPIを抱えているという状況ですと、OMOが成立しなくなるなどの背景もあるようです。
無人コンビニはつぶれる
少し前に話題になった「無人コンビニ」ですが、実は、無人コンビニの多くはつぶれていき、生き残っているのは「スタッフがいる無人コンビニ」です。
無人コンビニは「文字通り人がいない無人のコンビニ」と「レジが無人でスタッフはいるコンビニ」のパターンがあります。
レジが無人のコンビニにいるスタッフは、ホットスナックを作ったり、あいさつをしたり、お客さんが探してる商品を案内したりコミュニケーションを担当しているわけですが、生き残ったのはスタッフがいる無人コンビニ。人がいる、無人コンビニでした。
この現象「結局、人間的な温かさのあるサービスが生き残るのではないか」と言われており、すべてをオンライン化するのではなく、どちらもうまく併用していくことが重要なのではないかとも言われています。
ちなみに日本の場合、無人コンビニを人件費削減のためのトライアル施策として捉えているようなニュースが多いですが、無人コンビニは行動データを取るための施策です。店内のセンサーで、ユーザーがどの商品とどの商品で悩んでいるか、どのポップに注目しているかなど有効データを集めるために実施されているモノです。
つまり、オフライン・リアルな人と人との接点もまた重要であり、オンラインを有効活用することでユーザーの体験をアップデートしていくことがDX。「オフラインはもうオワコン」というイメージは誤りであるということです。
「オフライン軽視」が進むのはなぜか
DXのその先の世界について語る『アフターデジタル2』の中でも、オンラインは「テックタッチ」を増やすための手段であると言っています。
たとえば、アプリ、オウンドメディア、メルマガなどのオンラインコンテンツは、多くのユーザーとの接点を作り出すことができます、また行動データを取ることができ、ユーザーのニーズを把握することにも有効です。これを「テックタッチ」と呼んでいます。
「ロータッチ」は、テックタッチで接点のあったユーザーと、イベントやワークショップによる複数人での接点。
「ハイタッチ」は、個別面談など1対1での接点です。
つまり、オフラインである「ロータッチ」「ハイタッチ」が今度も重要であり、その成果を最大化する上でオンラインである「テックタッチ」がある。オフラインもオンラインもおしなべて重要だということです。
ですが、なぜか「オンラインファースト」な伝わり方をしている。情報の伝わり方に問題があるのではないでしょうか。
● DXに取り組まない企業は淘汰されていく
→ 必要かどうかは企業それぞれ
● マスメディアの広告費をWEB広告費が上回った
→ 依然、テレビCMは威力があるにもかかわらず、テレビはオワコンという風評が蔓延
● リモートワークができない企業から人が離れていく
→ リモートワークが逆につらい人もいるが、どちらと言えばリモートワーク推進派に寄り添う情報が多い
そして、冒頭に上げさせていただいたDXレポートの絵。DXレポート2にも下記のような文言が記載されています。
デジタル社会においては、価値創出の源泉がフィジカル(現実)空間からサイバー空間へ と移行する。
経済産業省 DXレポート2
「オフラインがオワコン」とは一言も書いてはいないのですが、とにかくDXを推進したいのか、全体的に、デジタル対応したらこんなに良いことがあるという肯定的なメッセージではなく、デジタルに対応できていないと淘汰されますよという恐怖訴求メッセージで「もうオフラインベースのビジネスは終わっていくんだ」と感じてしまう内容になっています。
そもそもDXとは「デジタル活用による、人々の生活の変革」を指しますが、DXレポートは「デジタル活用による、企業の変革」に内容の軸がすり替わっています。ユーザーが主語ではなく企業が主語となっているDXレポートが、DX推進の旗を振っている。
結果「DXとはユーザー体験を進化させることなんだ」という本質は置いてけぼり。デジタル化による人件費削減の話で盛り上がってしまうというズレが生じているのではないでしょうか。
まとめ「情報に踊らされず、本質を」
オフラインはオワコンではなく、今後も重要というお話でした。
●ビジネスがすべてオフライン化していくなんてことはない。逆にオフラインの重要性が浮き彫りになってきている。
●「オンラインビジネスに移行しないと淘汰される」という情報が多い。その情報に踊らされ、オンライン偏重になり、オフラインの重要性を見失うことが最も危険。
●オンラインによって、オンライン・オフライン関係なく、ユーザー体験を進化させていくことがDX。
いつの時代もメディアは、人が強く反応する情報を流していきます。「将来無くなる仕事」が毎年発表されますが、この情報は、自分の仕事がなくなるかもしれないという感情を揺さぶるため視聴率が高くなるコンテンツです。ですが、結局予想を大きく外れ生き残っている仕事のほうが多い。感情を揺さぶることと本質はリンクしないのです。
「400万台クラブ」という1990年代に流行したキーワードをご存じでしょうか。年間400万台の生産能力がない自動車メーカーは淘汰されると言われ、ホンダやBMWは消えるだろうと予想されていました。根も葉もない負の歴史として語られる話ですが、この話、DXと状況が似てないでしょうか。
メディアにしろ、経済産業省にしろ、何らかの目的があり情報を流しています。鵜呑みにせず、少し遠目で「本質はどこか」を見極め判断していく力がいま試されているのかもしれません。
参考:アフターデジタル2 UXと自由 日経BP 著者:藤井 保文
執筆者
リビルダーズ編集部