先日「なぜ日本企業はクラウド活用が進まないのか?」という動画を見ました。
クラウドSTATION【新番組】なぜ日本企業はクラウド活用が進まないのか?徹底議論
https://www.youtube.com/watch?v=mQrla4zcqL4
内容は「いまだ9割がレガシーシステムのお守りだから」。この動画の内容の信ぴょう性は定かではないですが、クラウドが進んでいないのは「レガシーシステムのお守りで忙しいから」という側面と、一方で、クラウド推進に手をこまねいているという側面があるようです。
DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス 著者:黒須義一、酒井真弓、遠山陽介、伊藤利樹、饒村吉晴 出版:日経BP
「目的と手段のすり替え」がよく問題になりますが、クラウドに関してはDX実現のための基礎であり「手段であり目的」であることが分かる一冊です。
そのクラウドが推進しない理由と解消方法について整理しました。
そもそもなぜクラウドが必要なのか理解されてない?
DXはデジタル化ではない、AI・IoT・RPAは手段であり目的ではない、とよく言われますが、クラウドはただの手段として考えてはいけないモノのようです。
他のデジタル化手段と同様、コスト削減はたしかに出来ます。本書に例として出ている富士フィルムビジネスイノベーション社は、オンプレミスからクラウドへの移行によって、インフラコストを一気に圧縮することに成功しています。
2011年にプライベートクラウドの運用を開始しインフラコストを50%に削減、2014年にはパブリッククラウドやSaaSを利用することでさらに30%のコスト削減に成功しています。この先、サーバーレス化・アプリのモダナイズ (新しい技術を用いて全面的に刷新すること)によって、大幅なコスト削減に向け計画推進中です。
ですが、クラウドの本質はそこではありません。
クラウドはコスト削減のデジタル化ツールではなく、DXが目指すビジネスモデルの変革に直結するモノ。クラウドが手足のごとく活用できる状態を目指すことで、DXを成しえることができると言っても過言ではないモノであり、だからこそ本書は『DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド』というタイトルがついているのです。
クラウド活用で最も重要な本質的な意味は「仮説検証の高速化」です。
従来、ビジネスプランを支えるシステムを構築するのには、時間がかかっていました。だから、検証に時間をかけ成功確率を高めるというアプローチが取られていました。
ですが、クラウドならすぐにシステムを構築することができる。これまで人力でやってきたシステム構築が大幅に自動化でき、数時間・数日・数週間かかっていた作業が、たったの数秒で出来てしまいます。
クラウド推進に成功している日本企業の多くは、海外の企業があっという間にシステム構築を実現させている様を見ています。「クラウドもろくに使いこなせないままでは、日本は取り残される」という危機感を強く抱くため、推進が進んでいるようです。
つまり、DX・アジャイル開発を実現させるためにはクラウドが必要不可欠。そのクラウド推進が進んでいないから、DX推進が進んでいない、と理解しても間違いなさそうです。
また、クラウドを推進することでIT部門の動きが変わるという価値もあります。
これまで、IT部門のミッションは「レガシーシステムの安定稼働」でした。そのため、安定稼働を揺るがす変化に抵抗感があり、ビジネス部門の要望に対し保守的になってしまう傾向がありました。
ですがクラウドは進化し続けるため、IT部門も変化に対応する運用プロセスに変わっていきます。また、運用者のクラウド知見・スキルによって生産性が桁で変わるため、自律的に勉強するようになります。
ユーザーの行動を規定するモノを「アーキテクチャ」と呼びますが、クラウドはまさにDX企業の人の動きをアーキテクトするモノです。
かつて基幹システムも、企業を変革するアプリケーションとして多くの企業に導入されましたが、現行ビジネスに寄せてカスタマイズされてしまったがゆえに、その効果を発揮できず、負の負債と化してしまいました。
その点クラウドは、アンコントローラブル。クラウドを提供する企業が進化させていき、それに合わせて対応していくものです。基幹システムよりもはるかに、企業を変える機能を果たす存在になりうるのではないでしょうか。
理解されているから進まない問題も。進めるには?
クラウドの必要性が理解されていないから進まないというお話をしてきましたが、実は「理解されているから進まない」側面もあります。
実はこちらの方が問題が根深く「クラウドをやりたくないから、IT部門がレガシーシステムの運用コストより高い見積もりを作らせ導入しない方向に持っていこうとしている」といった実例もあるようです。
そもそもどの部門もやりたくない
クラウドを利用するということは、ビジネス部門が自分たちでクラウドを利用して、アプリケーションなど開発し運用していくという流れを標準化するということでもあります。もちろんレガシーシステムの時と同様、ITのことはIT部門がやるという風に区分けもできますが、それでは何か開発する際にはIT部門に申請・許可を得ることが必要になり、世の中の変化に対する迅速な対応が出来づらくなります。
そのため、ビジネス部門にユーザーIDの管理もお任せすることになるのですが、拒否されるケースが往々にして起こるようです。ユーザー部門の運用担当者は、クラウドがもたらすビジネス効果を感じにくく、ただ運用作業が増えて忙しくなるだけと考えてしまうからです。
セキュリティを担当するIT部門も、クラウドを導入することでリスクが膨れ上がります。ユーザー部門にある程度自由度を持たせた運用をしていかないとクラウドの意味がないため、監視・管理にかかる工数と難易度が一気に上がります。
つまり、クラウドを推進するモチベーションが、どの部門にも存在しないのです。
部門の都合に寄ってしまうとクラウドは死ぬ
どの部門もやりたくない。けれど、やらなければいけない。という中、いずれかの部門が責任を持って推進すると、その部門の都合に寄ってしまいます。
IT部門が推進すると、守り一辺倒のクラウド運用になってしまう傾向があります。クラウドの操作はすべて情シスの申請・依頼が必要になってしまい、アジャイルとは程遠い状態が出来上がってしまいます。
ユーザー部門が推進すると、運用やセキュリティのことを考えず突っ走ってしまう傾向があります。実際、ユーザー部門メンバーがいきなり何百というシステムをクラウドに乗せますと報告をあげてしまい大きな問題になったというケースがあるそうです。
そこで必要になるCCoE
どの部門もやりたくない。やらせると自部門の都合に合わせてしまう。
この状況を回避し、適切なクラウド運用方法を設定・浸透させるために必要になるのが ”CCoE” だというのが本書の提言です。
CCoEとは「クラウド・センター・オブ・エクセレンス」の略で、クラウドを推進するための特設組織のことです。元々CoEとは優秀な人材を集めた研究拠点のことを指す言葉ですが、ここにCloudのCを付け足して生まれたのがCCoEという言葉です。
つまりCCoEは既存部門の利害関係に左右されない、クラウドを適正に推進すること自体にモチベーションを持つ中立的な組織。みずほフィナンシャルグループのCCoEリーダーは「既存のルールや正論を盾にユーザー部門の訴えを退けるだけなら、守りの仕事は簡単」とおっしゃっていますが、CCoEメンバーにはこうした「攻め」と「守り」のバランスをどう取るかを考える力と感覚が必要です。
もちろん、CCoEの活動には経営層メンバーの後押しが必要不可欠。レガシーシステムからクラウドに移行するということは、レガシーシステムに紐づいていたビジネスプロセスをすべて変えるということになります。当然ユーザー部門の抵抗は付き物であり、調整できるのは部門ではなく経営層の鶴の一声です。
クラウドを推進するということは、単にクラウドを導入するということで済む話ではないということ。「攻め」と「守り」のバランスを取って適切な運用を固めないと、クラウドはコスト削減ツールで終わってしまいアジャイル組織のエンジンになりえないということ。適切なバランスを創るためには、利害関係が交錯する既存部門主導ではむずかしく、中立的なあたらしい部門が推進しなければならない。CCoEが推進してはじめてクラウドはクラウドとして機能しはじめ、DX成功への道が開けるというのがここまでのお話です。
CCoEは、純粋にクラウドの「ファン」でなければならない
次に重要なのが、CCoEをどのように創っていくべきなのか、です。
社内異動と社外採用によって専任チームを創る「独立型」と、各部門から代表者を集めて創る「組織横断型」、情シス配下にチームを創る「情シス中心型」がありますが、日本においてうまくいっているのは「組織横断型」。多いのは「情シス中心型」だそうですが、成功しているケースが少ないようです。
ですが、チームの作り方以上に重要なのが、CCoEリーダーの熱意とスタンスです。
クラウド利用者ほぼ0・シャドーITが乱立しているレガシー大手がわずか1年弱で、クラウド利用ルール・体制・インフラを整備し、商用システムを複数ローンチし、リモートワーク需要にこたえてほぼ全ユーザーに仮想デスクトップ環境を構築した事例がありますが、成功要因はリーダーの熱意だったそうです。
そのリーダーは、クラウドガバナンスを検討する会議に、各部門のステークホルダーを次々と連れてきたり、コンサルタントを雇ってクラウドガバナンスの勉強会を開催したり、経家層に働きかけ各部門にクラウド推進検討の指示を出させたり、非常に勢力的だったそうです。つまり、巻き込む人が必要であり、そこには熱量が必要だということです。
もう1点、興味深いCCoEリーダーの資質として挙げられていたのが「ファン」であるということ。DNP社のCCoEリーダーは「自分のことしか考えられない人は無理」と語ります。
DNPは2017年にAWSを使い始め、そこから3年でGCP、Azure、OracleCloudを加え4つのマルチクラウド環境を構築。2021年には500以上のシステムがクラウド上で稼働しています。
DNPのクラウドを推進するリーダー曰く「CCoEは他部門に比べればクラウドを知っているから最初はある意味マウントが取れるが、ポテンシャルが高い社員にあっという間にスキル・知識で抜かれることもしばしば。その時、それを素直に喜べない、自分の立場を守ろうとする人はダメ」「自分は昔から『これだ』と思ったものを広めるのが好き。学生時代、インディーズバンドのプロモーション活動をしていたが、そのプロモーション活動の対象がクラウドに変わっただけ。気持ちも活動内容も、その頃とあまり変わっていない。」と話しています。
たしかに、そもそもCCoEとは、社内の現状維持バイアスを崩すことが使命。にも関わらずそのCCoEメンバーがクラウドを既得権益化するような人たちで構成されてしまえば、部門の現状維持バイアスはさらに強固なモノになっていくでしょう。
CCoEはバンドメンバーになりたい人ではなく、ファンになりたい人が向いているのかもしれません。人の選定の絶妙さ加減がうかがい知れるお話でした。
まとめ「クラウドが進まないは技術知見が低いからではない」
クラウドがなぜ進まないのかとその解消方法についてお話してきました。
●クラウド活用の本来の意味が理解されていない。コスト削減で終わってしまうパターンが多く、仮説検証の高速化のエンジンとして役立てられていないなど、DXの要としての重要性が理解されていない。
●理解されているからこそ推進しないケースもある。どの部門も余計な工数・リスクを背負うことになるためやりたがらない。あたらしく中立な部門CCoEを立ち上げ推進しないとクラウドがただのコストカットツールになってしまいがち。
●CCoEメンバーに必要な資質は、純粋にクラウドを浸透させたいという欲求と、クラウドのイチファンであるという中立的なスタンス。メンバーがクラウドをあらたに既得権益化するような動きを取ってしまっては本末転倒。
本書は技術的な話が書かれているのかと思いきや、ステークホルダーをどのようにまとめていくかの話に終始していました。結局、人をどのようにまとめていくか、がDX推進における課題なのだなということが理解できる一冊でした。さらに本格的にDX推進を開始する際には、こちらの内容をふまえ、DXレポートを読み込んでみていただけると内容が深く入ってくるはずです。
実は、DXレポート2で、システムだけではなく企業文化を変革する必要について強調した点について、レポートを執筆した経済産業省の和泉憲明さんは「結局DXが進まない本当の要因は、技術負債を是とする企業文化やマインドだと気づいた」と証言しているそうです。
レガシーシステムに紐づくビジネスプロセスを変更することに抵抗する既存部門との戦いが、DX推進の障壁になっている。もっと解像度を上げれば、数値・エビデンスでビジネス部門をぶん殴るIT部門と、お前らはビジネスがわかってないとマウントするユーザー部門。この戦いがはじまってしまえばもうDX推進は難しくなるわけです。
DXとは、人をあたらしい場所に連れていくための戦いであり、テクニックでどうにかなるものではない。テクニックでどうにかすることばかり考えてきた企業は、DXを推進することが出来ず、実はアナログに優れた企業の方がDX推進できる可能性があるのではと感じる内容でした。
参考:
DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス 著者:黒須義一、酒井真弓、遠山陽介、伊藤利樹、饒村吉晴 出版:日経BP
執筆者
リビルダーズ編集部