「設備が古すぎて自動化なんて無理ですよ」
「現場にITを使いこなすスキルなんてないですよ」
「自動化したら仕事なくなるじゃないですか」
DXを進めるにあたり、最もネックになると言われているのが「現場の声」です。上3つの中でも、特に「自動化したら仕事なくなる」が本音でしょう。
この「現場の壁」を越える説得方法について考察してみました。
「やらなきゃいけないからやる」がそもそものガン
今回この記事を書いた理由は、目に触れる情報すべてがあまりにも、
「少子高齢化に備え、業務を自動化せよ。属人性は排除すべき。」
などの文言が並んでおり「義務感が半端なかった」ためです。義務感で人は動きません。こうした情報ばかり出回っているようでは、DX推進担当者は、少子高齢化やSDGsなどを皮切りに、AI、IoTなどのキーワードを並べたて説得していることも多いのではと心配になりました。
この説得のはじまり文句こそガン。現場に違和感を植え付けています。
つまり、すべてが受け売り。なぜ自社が取り組むべきなのか、本質が見えてこないのです。
事実、たいていの場合、本質はそこに含まれていません。
そもそもDXのお手本となっているシリコンバレーは、日本とはまったく異なる商習慣。アジャイル開発・高速改善の考え方の源流ですが、シリコンバレーは「ちょっと試してダメならすぐ違うビジネスに切り替える」を高速で繰り返すことで、アップル・グーグルのようなスタープレイヤーを産み出す戦略の地です。つまり、アイディアの多くは死んでいくことが前提。こうした背景を理解して物事を伝えているでしょうか。
またDXという概念は、50年前から言い方を変えずっと繰り返し言われ続けてきたことです。20年前はERPという概念で広がりましたが、人員削減が前提だったERPの思想と日本企業の考え方が合致せず不発に終わっています。DXは、中高年以上の社員からすると「またERPの時と同じこと言ってるよ…」という風に見えています。
さらに輪をかけて「経験や勘に頼っていてはいけない。自動化だ。」と言われたときの、現場の気持ち。その経験や勘でここまで日本を成長させてきた苦労に思いを馳せず、トレンドをひっさげ上からモノを言われる辛さ。実績ゼロの新卒に「先輩の仕事のやり方古いんで、退職してもらっていいですか?」と言われるのとニアリーイコールです。
本質とはつまり「自社がDXに取り組む必然性」。現場は、文脈・背景を理解したうえで、受け売りではない自社なりの答えをひっさげて、本質的な説得をしてほしいわけです。
本質が見えなくなる上層部
「全体最適」というキーワードもよく見かけるDXワードの一つです。
日本は、全体が見えていない現場の部分最適がはびこっている、とよく言われます。全体が見えているのは上層部。だから上層部の意向に合わせて経営を組み立てなおす全体最適の実現もDXの重要なミッションであると。
ですが、上層部ほど、トレンドワードに引っ掛かりやすく、本質的ではない全体最適像を描いてしまいがちなのです。
詳細は『逆・タイムマシン経営論』に書かれていますが、企業は、メディアに踊らされてきた歴史を繰り返しています。
どの時代のメディアを見ても「日本はもう終わりだ!」といった恐怖訴求から「いまこそ組織改革だ!」というメッセージに続き、DXやERPやSISやAIやIoTやサブスクといった横文字解決策が提案され「乗り遅れたらダメだ」という空気を作っていく流れは同じです。結果、飛び道具に手を出し、大半の企業が大きな痛手を被るということが繰り返されています。
なぜ上層部ほど引っ掛かってしまいがちなのか。高学歴で、情報感度が高いメンバーが集まってしまいがちだからです。(ご参照『DX、いったんSTOP。 【 本質からズレないDXとは 】』)
多産多死のシリコンバセグウェイ、3Dプリンタ、グーグルグラス
2000年代前半、セグウェイという乗り物が大きな話題になっていたことを覚えている人は多いのではないでしょうか。
立ち乗り電動2輪で、体を傾けるだけで走行するその近未来的な乗り物は当時「自動車社会を変える」とまで言われていましたが、あっという間に市場から姿を消しました。
全身むき出しかつずっと立ったままで走る乗り物が自動車の代替にならないことは、本質的な目線で見れば誰でもわかることです。ですが、当時は国をあげて普及させようとしておりブッシュ元大統領が日本の小泉首相(当時) にプレゼントし、官邸をセグウェイでツーリングするなどのパフォーマンスまで繰り広げられていました。
3Dプリンターも同じく「消費者がメーカーに。産業構造が変わる。」と大きな注目を集めたにも関わらず、低迷していったトレンドです。本質的な目線で見れば、ちょっとしたアクセサリーを作るのに30分かかる3Dプリンターが産業構造を変えられるわけがなく、かつモノを作りたい消費者はそう多くないことは想像できるわけです。ですが某大手IT企業のCTOは「顧客が望むものを自ら作れる3Dプリンターは、今後あらたな市場を産み出す重要な存在」と評価していたようです。
グーグルグラスも「スマホの次はヘッドマウントディスプレイ」と報じられ、グーグル以外にも、ソニー・エプソン・オリンパスなど大手各社が開発に乗り出しましたが2015年に発売停止しています。スマホを視ればわかる天気や時刻を、いちいち常時メガネで視たくなる理由がありません。
こうした、一見画期的なトレンド技術が「乗り遅れてはダメだ」と情報感度が高い経営層の心をくすぐり、かりそめの市場を創りあげては泡のように消えていくのです。
シリコンバレー発、少量の血液で検査できる診断機を開発し、最盛期には株式評価額1兆円にもなった企業です。ですが、発表した技術は実はウソであることが発覚し、2018年に破綻しています。
こうしたセラノスのような”インチキ”企業が、一攫千金を狙って次々と生まれる土地でもあるということです。
この手の話は「メディアが悪い」という風になりがちですが、メディアは受け手が欲しがっている情報を拡張して伝えているため、それだけ飛び道具情報を欲しがる情報感度が高い人間が世の中に多いということです。
そして現場の、情報感度が高いわけではない人が意外と本質を捉えていて、セグウェイを見てもグーグルグラスを見ても「流行るわけないじゃん」と思っており、そういった人が現場の中心人物になっている傾向があります。
そもそも社会変革意識が強い中国
ここまで、日本のDX推進のやり方はスタートから本質がズレてしまいがちであること。そのことを現場に悟られているという前提から、説得を考える必要がある旨お話ししてきました。
まずやらなければいけないことは「ミッションの策定」です。デジタルディスラプターに備えやらなければいけないからやる、といった借り物の説得方法でDXが進まないことはこの数年で証明されました。
自社の文脈上なぜDXが必要なのかを明確に語れるようにすること。そのためにまず「自社の文脈とはなんなのか」というコアについて考えることこそ、借り物説得脱却の第一歩です。
たとえば自動車メーカー。「自動車を製造すること」をコアと考えてしまうと、DXですべきことは「自動車製造プロセスの効率を上げること」になり、ただのデジタル化になってしまいます。
「自動車製造プロセスの効率を上げるデジタル化」は、すべての自動車メーカーが取り組むことであり差別化になりません。ここに自社がDXに取り組むべき理由は含まれていません。
「自動運転を当たり前のモノとし、世界中でスマートシティ化が進む時代を作る」ことをコアとしたらどうでしょう?自動車製造のみならず、インフラ整備やアプリ開発などさまざまなことに取り組む必要が出てくるため、自社がDXに取り組むべき理由が産まれてきます。
ちなみに、アウトドアメーカー・パタゴニア社は自社のコアを「サステナブルなサプライチェーンマネジメントにもとづく製造販売」とし、ナッツやサーモンなど食料提供も手掛ける中で環境にやさしいサプライチェーン構築に力を入れたりしています。
コロナワクチンで有名になったモデルナも、自社を製薬会社とは位置づけておらず「生物学に携わるITカンパニー」としています。
DXとは、従来の「業種」という枠に縛られず、自社が実現するべきテーマ=ミッションに準じた活動をしていく企業に変革していくということでもあります。
創業者の想いに立ち返りミッションを策定する。少子高齢化対策としてやらなければならないからやる、ではなく、自社ミッションを実現するためにDXが必要なんだ、という説得こそ本質であり、それなくして現場に響くことはありません。
ミッションだけでなく環境も揃える
「DXは人を削減することが目的ではなく、人にしかできない仕事に集中してもらうことが目的なんです」
という決まり文句も、本質がわかる人からすると詭弁に聞こえます。ERPの失敗は、人を削減することが前提のソフトウェアを、削減せずカスタマイズしてしまったことにあります。この歴史を知る人からすると、よりウソ臭く聞こえるはずです。
DXによって仕事を失う人たちに任せたい仕事を準備する。話はそれからです。つまり人事もDX推進の最前線で戦う部署であるはずですが、そうした情報を見聞きしたことがあまりありません。
ミッションと環境をそろえ、ようやく覚悟が伝わる
必死でミッションを策定し、必死で代わりの仕事を検討した。その上で、仮に仕事が準備できなかったとしても、ここまでやり切ったのであれば覚悟を持ってリストラに踏み込めるのではないでしょうか。
リストラされる側も、「少子高齢化でやらなければいけないから」という借り物のごまかし文句でリストラされるよりは納得できる部分も出てくるはずです。
そもそもDXもまた海外からの押し売りです。自分事として受け止め、消化する努力をした上で、現場に卸していくのが筋であるはずです。
まとめ「現場は本質を理解してない、という勘違いが引き起こすすれ違い」
現場をどう説得していくかについて考察しました。
●やらなきゃいけないからやる、では人はついてこない。実は現場のほうが本質を理解している傾向がある。
●根本に立ち返り、自社がDXをすべき理由を考えるところからはじめるべき (イチ業種の枠で勝負しようとしている内はデジタル化で終わる。DXではない。)
●「人の削減」であることから逃げない。違うのであれば、仕事を準備するなど誠意を尽くす。
「部分最適」という言葉があり、ネガティブな取り扱われ方をしていますが、その部分を担う現場がユーザーと直接関わっています。DXは顧客視点に立ち戻ることでもあることから「ユーザーと直接かかわる”部分”の現場たち」が主役であり、尊重すべき人たちです。
「人の削減はしません!人がすべき、より価値の高い仕事に移っていただくだけです!」なんて、当選するために耳障りのよい公約を並べ立てる政治家とまったく同じ。相手のことなんて見ていないことがひしひし伝わってきます。
システムよりも先に、説得コミュニケーションを開発することがいま求められていることなのではないでしょうか。
参考:
逆・タイムマシン経営論 日経BP社 著者:楠木 建 / 杉浦 泰
いまこそ知りたいDX戦略 発行:ディスカヴァー・トゥエンティワン 著者:石角友愛
DX CX SX 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法 発行:クロスメディア・パブリッシング 著者:八子知礼
執筆者
リビルダーズ編集部