DXナレッジ

「それはDXではない」と断言できる、たった1つの見極めポイント。

 

【問題】
新宿を歩いていたら、ショッピングモールからメッセージが飛んできた。キャンペーンの情報だった。これは、DXでしょうか?

 
…いかがでしょう?

 
【ヒント】
これはオンラインとオフラインを融合した、いわゆるOMO (Online Merges with Offline) と呼ばれるDX時代のマーケティング手法です。

 
…それでは正解です。

 
【正解】DXではない
ただの通知が飛んできただけであり、特別便利でも、うれしくもないため。これはいわゆる「デジタル化」と呼ばれる範疇を超えていない施策。

 
「DXとはなにか」様々な議論が飛び交っています。ですがシンプルに、DXとは「顧客視点のビジネスに回帰すること」の一言に尽きます。上記の例は、ショッピングモールがお知らせしたいことをお知らせしているだけ。実は、企業視点であるということを多くの企業が気づいていません。

この「顧客視点」という視点を理解することで、その企業のDXがウソかホントかが一瞬で見抜けるようになります。

 

「顧客視点のDX」ってたとえば?

 
顧客視点のDX事例としてよく取り上げられる中国。たとえば、アリババのOMO型スーパー「フーマー」も、とても”顧客視点”です。

フーマーは「あなたの近所の市場」です。新鮮な食材が集まる場所が各エリアにあり、オンラインで注文するとすぐ届くというビジネスモデルで、イメージは小さな市場が各所に点在している感じ。オフラインで食材を買いに来ることも、中で食事をすることもできます。

ユニークなのはフーマーのアプリです。下のイメージを見てみてください。「レシピ・献立を選び、必要な食材を一括で購入できる」仕組みになっています。一括購入した食材は数十分後に自宅に届きます。

引用:『駐夫の海外生活・子育てブログ 〜現在は中国・広州〜』>我が家の食料庫、新鮮で便利なスーパー《盒马鲜生》  の画像を編集して引用

 
この事例の”顧客視点ポイント”は、人類共通の悩みである「毎日の献立を考えるのが大変」という課題を解消しようとしている点です。よく、スーパーで食材を眺めながら献立を考えたりしますが、その考える時間を削減してくれています。さらに、食材を持ち帰らなくてもいい。これぞまさに「顧客視点のサービス」です。

ちなみにフーマーは新鮮食材の宝庫。こちらのブログで詳しく紹介されているので、ぜひご覧ください。こんなスーパー近所にあったら…とため息が出ます。
http://chalsuke.blog.fc2.com/blog-entry-226.html?all

この事例の、もう一歩踏み込んだ顧客視点ポイントは「コンテンツの作りこみ」です。レシピを作り、写真を取り、食材をリンクで紐づけ、レシピの作り方を動画で撮影し説明ページを作る。この手間を惜しまず、延々継続している点です。

この「コンテンツの作りこみにコストをかけている点」に、従来ビジネスと、顧客視点ビジネスの差が大きく現れています。
  

「余計なことにコストをかけるな。利益率が下がる。」

 
従来のビジネスは「売り切りモデル」でした。単月・単年でどのくらい売れたかがゴールです。多くの人に買ってもらえるよう大量に広告を打ち、もしくは営業をかけ、売れなくなってきたら打ち止めして次の商品・サービスの開発に着手する。

このビジネスモデルの欠点は「商品・サービス購入後のユーザーのアフターフォローにコスト・時間をかければかけるほど、利益率が下がる」ことです。購入後のユーザーにかけるコスト・時間はなるべくゼロにする必要があります。

そのため、従来のビジネスモデルから見ると、フーマーのアプリコンテンツを作りこむ部隊などは「コストセンター」と呼ばれる存在です。売り切りモデルの花形である営業やマーケターと比べ給料は低く「仕事ではなく作業する人」という扱いになります。

ですが、フーマーの事例でお分かりいただけるように、コンテンツはユーザーとの接点を担うDX時代の重要なパーツです。冒頭のショッピングモールのキャンペーン情報も、手間を惜しんでいつものキャンペーン情報をそのまま流すだけの、ユーザーが本当に喜ぶコンテンツになっていなかったから「顧客視点ではない」わけです。
 

そもそもDXは「企業変革」ではない

 
そもそもDX・デジタルトランスフォーメーションとは、企業ではなく「人々の生活をトランスフォームさせる」という意味であることはご存じでしょうか?

DXの定義
デジタル技術によってもたらされる、人々の生活のあらゆる面での変化
(2004年 『Information Technology and the good life』)

DXとは、つまりユーザー側の言葉です。ですが日本の場合「企業の変革」という風に捉えられています。なぜか。経済産業省のDXレポートにおけるDX定義が「企業主語」だからです。

DXレポートのDX定義
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
(2018年 DXレポート)

デジタルによって企業がどう変わっていくべきなのか、という話になっています。元の定義はそんなこと一言も言っていません。

実際、日本企業各社のDX推進報告書を見ると、そのほとんどが「DX人材が何人に増えた」「AI・IoTの活用度合いは何%だ」という内容です。結局「デジタル、ちゃんと取り入れてますよ」という報告に留まっています。

本当にDXを推進できている企業なら
①顧客視点でこんなサービスを実現する企業に生まれ変わります
②そのためにこのようなことに取り組んでいます
③取り組みを実現するためにはDX人材が〇人必要で、現在〇人まで増やせています

という報告の仕方になるはずです。③だけ述べられ①②がない、というのが日本企業の現状です。(ちなみにライフネット生命のDX報告は非常に顧客視点でした。https://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/2204/25/news023.html )

世界のデジタル先進企業は「デジタルを活用することで、人々の生活をどのようにアップデートできるか」に重きを置き、あたらしい顧客体験について話をします。

日本は「デジタルを活用することで、企業の競争優位性をどのように確立するか」に重きを置き、業務効率の改善や働き方改革について話をします。

「顧客視点への回帰」であるという一点を、今一度強く意識し直さなければ日本のDXは頓挫するでしょう。
 

先生は、嫌われモノの広告屋さん

  
そんな日本企業の中でも、顧客視点で物事を捉えていた人たちがいます。それは「広告屋さん」です。

ネットの普及と反比例して嫌われ度が増していく広告屋ですが、実は旧来ビジネスにおいて唯一顧客視点で仕事をしていた部門でもありました。

旧来の「売り切りモデルビジネス」は、開発されたモノ・サービスの良い点を、広告が顧客視点で捉え直し、どう話せば良さが伝わるかを考え、売り文句を開発するという流れでした。

最終的に広告屋が「顧客視点化」するため、その他の部門は担当範囲の中でできる限りクオリティを上げ続けることに集中していればよかったわけですが、クオリティが高い=顧客価値とは必ずしも言えないということはみなさんご存じだと思います。

つまり「顧客視点への回帰」であるDXは、広告の考え方を、モノ・サービスの開発段階やユーザーのアフターフォローにまで広げていく試みでもあるということです。
 

ミシュランガイドはDX

ミシュランは1889年、兄弟2人ではじめた小さなタイヤメーカーでした。彼らが売り上げを上げるときに考え出されたのがミシュランガイドです。

彼らは「人々が欲しいのはタイヤではない。タイヤの性能を上げるとか、パンク修理を無料でするとかで売上を劇的に上げることはできない。人々が欲しいのはタイヤではなく、遠くに出かけて人生という時間を楽しむことだ。」と、顧客視点でタイヤの価値を捉え直し、各地の一流レストランを紹介する「ミシュランガイド」を制作。ミシュランガイドは大好評で、車を使う人も急増し、タイヤの消費量を拡大させることに成功しました。

中国の平安保険が、中国全土の開業医の情報をまとめ、オンラインで無料診断できるようにしたアプリを提供することで、保険の需要を伸ばしたのと同じ構図です。ミシュランガイドが生まれたのは1920年。DXが叫ばれる100年前の話です。

ちなみに、広告業界では、タイヤそのものを売ることを「商品思考」と言い、タイヤによるベネフィットを売ることを「顧客思考」と呼んでいます。
 

レッドブルもDX

「翼をさずける」のキャッチコピーで有名なレッドブル。サントリーの年間売上が1380億円な中、レッドブル一本で年間売上6600億円と驚異的な人気を誇っています。

レッドブルがしたことは、生産と物流を外注し、広告・マーケティングを内製化したこと。飲料メーカーは普通、生産・物流を自社で持ち、広告・マーケティングを代理店に任せるというのが通常ですが、レッドブルの社員の大半は広告・マーケティング人材です。

この「翼をさずける」というキャッチコピーに、顧客視点が現れています。それまで、エナジードリンクは「疲労回復するもの」でした。ですが「翼をさずける」というキャッチコピーによって、単なる疲労回復アイテムから「エキサイティングな体験を得るモノ」というポジション変換に成功しています。

また、この「翼をさずける」のキャッチコピーを開発するのに1年半かけたそうです。社内の広告担当に膨大なキャッチコピー案を提案させては没にし、1年半続けてようやく決定。「顧客視点にコストをかけている」企業であり、これはDXです。

ちなみに「ガリガリ君」もDXです。ガリガリ君は、開発・製造・広告まで、1人の担当者が一貫して管理しています。分業を排除し、すべての工程に顧客視点を行き届かせているからこそ、低価格をキープしていたり「コンポタージュ味」といった遊びを効かせることができ、ユーザーをファン化できているのです。ブラックサンダーも同じくです。

ユーザーがファン化していることこそ、DX企業の証と言えます。
 

顧客視点を代替するプラットフォーマー

「顧客視点で物事を考える」ことは難しいことと認識されているからこそ、これまで広告代理店に丸投げしてきたとも言えます。実際、考えることができるようになるためには技術と鍛錬が必要であり、それなりのコストと時間がかかります。

この「顧客視点で物事を考える部分」を代替しようとしているのがプラットフォーマーです。
 

引用:『アフターデジタル』日経BP 著者:藤井 保文・尾原 和啓 (本文中の図を引用し、読者の解釈を助けるために情報を補足して作成)

 
プラットフォーマーは、ユーザーの自己実現を伴走サポートし、ユーザーをファン化させていく役割です。そして、プラットフォーマーが集めたユーザーに対し、モノ・サービスを提供する企業が下につきます。

つまり、これまで広告が担っていた「顧客視点で物事を考える」ことをプラットフォーマーが担っていくということです。モノ・サービスを提供する企業は、プラットフォーマーから依頼を受けたモノ・サービスを提供すればいいので、顧客視点で考えることはしなくて済みます。

顧客視点で考えることをプラットフォーマーが担ってくれるなら、自分たちは別にいいのではと思われるかもしれませんが、そもそも顧客視点でビジネスをしない企業で働きたい従業員がどのくらいいるでしょうか。いたとしても彼らは「考えるのが面倒な人たち」なので、自発性を求めることなどできません。すると、はげしい変化に対応することは難しくなります。結局、倒産は免れなくなるはずです。
 

まとめ「顧客視点が行き渡っていればDX」

DX解釈が錯綜していますが、つまりDXとは「顧客視点をやり切れているかどうかに尽きる」というお話でした。

●ユーザーが目にするコンテンツに至るまで、細部まで顧客視点が行き届いているかがDX。それを見れば、顧客志向にコスト・時間を使っているかどうかが見て取れる。
●そもそもDXとは、企業を変革することではなく、人々の暮らしを変革していくこと。
●顧客視点でモノゴトを考える術は広告に学べ。

広告業界の回し者のような話になってしまいますが、多くの人が嫌う広告は「ダメな広告」です。

一時期流行った「ハズキルーペのCM」。実はあのCMを作ったのはハズキルーペの社長です。商品名と商品の強みをこれでもかと押し出したCMは高い好感度を獲得し、売上にも大きくつながりました。ですが実は、CM制作を担当するはずだった広告代理店から「商品名を連呼するなんてありえない」と断られ、仕方なく社長が作ったのがあのCMだったそうです。

そのほかタレント事務所との兼ね合いなど複雑に利権が絡み合い、純粋な顧客視点の広告が作れなくなってきているのが広告代理店・広告業界の現状です。彼らの作る「ダメな広告」によって多くの企業が倒産に追いやられたという事実もあり、広告嫌いが加速しています。

そもそも広告は、モノ・サービスの良さを誇張して伝えるモノではなく、良さがそのまま多くの人に理解されるように「伝わる化」するモノです。この部分、理解がズレてきているように感じます。

憎むべきは「ダメな広告」。広告が元来培ってきた「顧客視点」は憎んではいけない。DXをいいきっかけとして、もっと顧客視点でビジネスをする企業を増やしていこうというお話でした。
 

参考:UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論 日経BP 著者:藤井 保文・小城 崇・佐藤 駿

 

執筆者
リビルダーズ編集部

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